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管理人の思いつくまま、気の向くまま、長野県内の町や村の話題を取り上げています。

幸い大きな病気もせず、元気でいたオヤジやオフクロも、さすがに寄る年波みには勝てないようで、我が家ではこれまであまり考えたこなかった「介護」が現実になりました。加えて、我が家では+伯父の「介護」も看ることとなり、以降、生活が大きく変わることにもなりました。ここでは、現在進行中の我が家(+伯父)の「介護」の様子を備忘録代わりに綴っています。

emoji 平成27年度 emoji 平成28年度 emoji 平成29年度

平成29年8月
31日(木)
<オヤジ>特別養護老人ホームの担当者へ連絡。入居について検討したいので、今週末に施設見学に伺ってよいかお話をして了承いただきました。
30日(水)
<オヤジ>昨年の11月に入居のお願いをしておいた特別養護老人ホーム(特養)の担当者から、ようやくひとつ空いたので、改めて入所についての検討いただくために施設見学のため来所願えませんか、という連絡がありました。
現在お世話になっている老人保健施設(老健)でも、入所時に今後の予定として特養への申し込みを勧められていたこともありました。施設運営上、老健では3ヶ月をメドにサ高住(我が家では自宅でのオヤジの介護は困難のため)へ一時的に移り、改めて入所するこなどの流れを踏まなければならず、そのたびにケアマネやデーサービスなどの施設、介護用品業者との打ち合わせをしなければならず、その手続きのため管理人もそのたびに半休を取得しなければならない事情もありました。
このようなことから、今回の特養の空きができて入所のお誘いを受けたことは、我が家にとっても、老健施設においても、まさに理想の流れであり、また、これだけの短期間で特養への入所できることそのものをありがたく思わなければいけないのかなぁ…と思ったのでありました。
26日(土)
<伯父>納骨と四十九日の法要の打ち合わせ。
お位牌については、ほんとうに一般的なもので、戒名と亡くなった日、年齢を確認してお願いしました。因みに「享年」とは数え年齢、「行年」は満年齢とのことだそうで、説明を聞いて初めてそのことを知りました。伯父は昭和6年生まれなので、「享年」では87歳ということになるわけですね。
また、納骨と四十九日の法要については、今回、お寺さんで行うわけですが、お墓にお供えするお花左右一対、祭壇にお供えするお花左右1対とお供え物、住職へのお礼については葬祭センターが一括で発注とお届けを、法要終了後の会食のは有無と、もし会食する場合には個数を確認することの説明がありました。お布施については、法要が始まる前に住職が祭壇にお供えすると思われるので渡すタイミングについて教えていただきました。
<オヤジ>介護施設を訪問。相変わらずお元気で何より…という状況。
伯父が亡くなったことについては伝えず。
18日(金) ※夏休み
<伯父>今日は伯父の携帯電話の解約と金融機関の相続手続きを。
携帯電話の販売店に出かけるのは、ガラケー時代に機種変更(新規は代理店が来訪)のため1度、ガラケーからスマホに変更する際に1度の計2度のみ。
今回は自分が利用している携帯電話の会社とは異なるため、さてどんな対応をしてくれるのか、ドキドキしながらとりあえず訪問してみたのでありました。
番号札を発行してもらって、待つこと10分(意外にも速かった)。相続人ではないけれど、伯父が亡くなったので甥の自分が解約の手続きにきたこと、簡単な家族構成を説明し、未納分の確認と支払いを済ませたところ、驚くことに解約手続きはあっという間に完了。いやはや、昨日はあれほど苦労したのに、こういったものはとにかく速いっ。NHKの解約もそうでしたが、こういうことは民間企業のほうが対応が速く、とてもありがたく感じたのでありました。
続いて向かったのは金融機関。幸いにも取引金融機関は1つのみで、相続人も我が家の母親ひとりだったことから、こちらも特段の指摘なくく書類を受け付けていただきました(相続関係の確認等があったため、後日、手続きについてのは連絡あり)。戸籍謄本や住民票の原本については、他の手続きにも使用するため、原本還付(原本を返却してもらうこと)していただきました。
今回はそれぞれの手続きについて、たまたま夏休みが取得できたため短時間で終わりましたが、これが通常の時期であったら、こうはなかなか終えられなかったかもしれません。慣れないことばかりでしたので、いささか疲れた2日間でありました。
17日(木) ※夏休み
<伯父>年金停止のため、長野北年金事務所を訪問。予約をしておいたことで、すぐに面談となりました。自分の年金はまだまだ先のことでしたし、年金のついて詳しい知識があるわけではないので、いろいろ聞かれても困るなぁ…と思いながらの訪問でしたが、とても親切な職員さんで、手続きに必要な書類一式についてわかりやすく説明していただきました。年金は後払いとのことで、例えば8月支給の年金は6月と7月の2ヶ月分なのだそうです。ただ、伯父は8月2日に亡くなったので、8月分が日割りではなく1ヶ月そのまま支給されるのだそうで、その手続きが今回必要とのことでした。ただ、管理人は甥ではあるものの相続人ではないため、書類への記入は全て妹(管理人母親)が記入する必要があるとのことでした。
ところがここで更なる重要な事案が発生~。
(1)戸籍謄本と住民票について、もうひとりの伯父の戸籍謄本(結婚により除籍となり、新たな戸籍ができているため)、それと今回亡くなった伯父の住民票(除票)が必要であること
(2)「生計を一にしていることの証明」(同一世帯ではないものの、負担していた生活費の凡その金額、介護施設に支払っていた料金やその頻度、我が家が施設を訪問していたその頻度はどのくらいだったか等)の提出のため、介護施設の証明が必要であること
(3)未払年金が判明し、共済への請求(遡及5年間)が可能であること
(3)は直ぐに手続きをする必要はないものの、(1)と(2)は今回の手続きに必要であるとのことでした。そのようなわけで、面談終了後、急遽、近くにある支所に立ち寄り、書類の交付をお願いしてみました。
ところが、職員さんによれば相続人ではない甥の管理人ひろさくでは、伯父の戸籍謄本および亡くなった伯父の住民票の取得はできのだそうで(相続人である母親が同行していた場合には可能)、代行するには委任状と提出先の資料(提出書類の写し)が必要(公的書類の交付手続はなかなか難しい~)とのことでした。
できれば、難しい手続きは今日中に終了させたいと思っていた管理人ひろさくでしたので、ここはとりあえず、白紙の委任状を数枚いただき帰宅することに。
続いて向かったのは、伯父が入居していた介護施設でした。ここでは、事前に事情を連絡しておいたこともあり、思いのほか早く書類に社名判と証明印を押印していただき受領することができたのでありました。
午後は年金事務所でいただいた書類と支所へ提出する委任状への記入を。年寄りに記入させるのは大変でしたが、下書きをしてあげてどうにかこうにか完了。その後に訪ねた支所と年金事務所では、どちらも書類上に不備なく、また必要な書類も整っていたこともあり、どうにか受領をしてもらい、ようやく今日の行事は終了したのでありました。
しかし、戸籍謄本や住民票などは、委任状させあれば交付してもらえるものだと思っていましたが、具体的に提出先(例えば「年金事務所」「金融機関」)を記入したり、書類の写し(例えば「年金手続きのための請求書」「相続手続依頼書」)が必要とのことで、家族に動ける人がいればどうにか間に合うかもしれませんが、年寄りしかいないお家では、書類ひとつの準備にも相当の労力がかかり、大変じゃないのかなぁ…と今回の手続きをしてみてつくづく感じたのでありました。
16日(水)
<伯父>長野市役所の高齢福祉課と介護福祉課を訪問。高齢福祉課では高額医療費の請求と埋葬料の手続きを、介護福祉課では何か忘れてしまいましたが老人に関わるサービスの申請を行いました。また、住民課では金融機関および年金事務所に提出する書類の交付を依頼しました。
<諸手続きについて>
年金事務所については、伯父の住所地から長野北年金事務所で手続きが可能とわかったため、先ずは事情をお話するために電話をかけてみました。すると、とても親切な職員さんが対応され、面談のため17日に予約を入れていただきました。
NHKについては、電話帳にあるお客さまサポートセンター(おそらく東京)に電話をして事情をお話すると、電話を以て解約が可能ということでした。
中部電力についてもNHKと同じで、サポートセンター(おそらく名古屋)での受付でしたが、全て自動案内で、電話を切るとショートメール(Cメール)による返信があり、インターネットからの手続きとなりました。ただ、「お客様番号」がわからなかったことと、引っ越しが四十九日過ぎてからということになっていましたので、ここでは手続きをしませんでした。
13日(日)
伯父のお骨を安置していただいている母方のお寺に、迎え盆の墓参りへ。
ここのお家のお墓はお寺の裏手の、山の斜面につくられた墓地にあるわけですが、そこまでの間にかなり急な坂道となっており、ひろさくのような年齢の人間でも息が上がるくらいの階段を上がらなければなりません。加えてひさしぶりの晴天ということもあり、気温も上昇。これまではどうにか上っていた母親でしたが、さすがに今回は辛いようで、カラダを支えてあげながら、一段一段、どうにかこうにか、お墓までたどりつくことができました。来月は納骨と四十九日もあり、またこの階段を上がることになるわけですが、80歳を過ぎた老婆には兄弟の仏事はやむを得ないにしても、それから先はちょっと難しいかも…と感じたのでありました。
5日(土)
<伯父>前日、ご住職から本家や分家へ連絡だけはしておいたほうが良いとのお話があったことから、先ずは電話にて連絡。伯父が介護施設に入ってから2年半近く、音信不通状態であったため心配されていたそうで、これまでの経緯を説明しご理解をいただくことができました。また落ち着いたら、また伺うことにしたいと思います。
また、この日は「長野びんずる」が開催され、本来であれば管理人も参加しなくてはいけない立場にあったのですが、こうした事情もあり、今年は参加を控えることとなりました。
4日(金)
<伯父>午前9時30分に葬祭センターに到着。副住職がお見えになるまでに、納棺を行いました。センター社員さんにご協力をいただき、先ずは伯父を棺へ納め、旅仕度を整えました。その後に祭壇に飾ったたくさんの花を入れてあげて納棺は終了。その後、副住職による納棺経があげていただき、これが終るといよいよ出棺。葬祭センターの社員さん数名の見送りを受け斎場へと向かいました。
一般的にはこの後、斎場から葬祭センターに戻り葬式となるようですが、我が家の場合は家族葬であったため、そのままお寺さんに向かい、ご住職のお経により葬式及び初七日となりました。
ご住職のお話によれば、亡くなったのは2日ですが、四十九日までは修業の身であり、実際に西方浄土に旅立つのはそれからになるため、今年が新盆ではなく、来年が新盆になるとのことでした。したがってその後の仏事は、四十九日は9月に執り行い、一周忌と新盆は来年8月となることを承知しておいたほうが良いと教えていただきました。
3日(木)
<伯父>午前10時に葬祭センター訪問。当日予定している通夜の飾り(お花)、お斎の席での食事(会席料理)の内容、明日の葬式(お寺にて)に飾るお花やお供えもの、住職への手土産、故人の写真の手配について打ちあわせしました。ただ、困ったのは伯父の写真で、写真撮影をすることが趣味だった伯父でしたが、自分を撮影した写真をもらったことがなく、唯一あったのが、本人が証明写真として撮影したと思われる3cm×2.5cm程度の小さなカラー写真でした。
午後2時、葬祭センターへ写真を持参。こんなに小さな写真でも遺影として使えるのかなぁ…と思っていましたが、通夜の時には祭壇の上にこれが立派な写真となって飾られていて、大変驚いたのでありました。
午後5時前に副住職が到着。葬祭センターの社員さんの進行で通夜が営まれ、その後お斎となりました。副住職は住職さんの息子で、まだ若い方でしたが、声も大きく、はっきりとしていて、伯父も良かったのではないかなぁと思ったのでありました。
2日(水)
<伯父>容態が悪化していた伯父でしたが、この日の朝亡くなりました。享年87歳。
電話を受け、オフクロに葬祭センターに今後の予定と、遺体の搬送のため車を手配をお願いし、急ぎ帰宅。施設では、私たちが到着する前に職員さんのご配慮によりほとんどの処置を済ましていただいてありました。
葬祭センターでは、今後の予定について説明を受けました。伯父には家族がなく、これまで独りで生活していたたため、通夜から葬儀までの仏事や手続きについては、全て我が家が引き受けることになっていました。親戚縁者もなく、また、新聞などで告知をすると、本人を知るみなさんのご負担がかかることから、今回は家族内で全て行うことに決め、仏事全般も相応の内容で進めることにしました。
センターの係員さんに斎場の手配をしていただき、喪主であるひろさくはお寺さんに連絡。住職によれば、幸いにも通夜を予定している3日夕方も、また葬式となる4日も特段の予定はない、とのことであったことから、詳細については2日夕方、改めて訪問し説明することで了解をいただくことができました。
午後7時、住職のお帰りを待ってお寺さんを訪問。伯父と我が家の関係、葬祭センターで打ち合わせした仏事の日程の説明、戒名などについてお願いし、この日は午後9時頃帰宅したのでした。

 平成29年5月
22日(月)
<伯父>介護施設からの要請で担当医と面談するため訪問。
内容は今後の治療と看取りについて。もともと慢性腎臓炎を患っていることは承知していましたが、加えて最近はモノを飲み込む力(筋肉の衰え)が弱っており、このままだと食べたモノが気管に入るなどして誤嚥性肺炎になる可能性もあるとのお話でした。最悪の場合は病院への転院もあり得るが、病院でもここ(の介護施設)でも治療は同じ。戻るお家がなく、面倒を看る人もいない伯父に、ご家族の希望があればここで看取ることもできますが、どうされますか?ということが結論でした。
このことについては、妹であるオフクロとも既に相談済みで、最大限の治療はしていただいて、それでも延命のための処置が必要になるようであれば、それはやめましょう、と伝えました。機械に頼らず、精一杯生きればそれは本人に与えられた寿命、というのが我が家の一致した考え方だったからです。
それまで、おいしいものを食べて、周りのみなさんと楽しくお話をして、過ごしてほしいと思っています。
 20日(土)
<オヤジ・伯父>冬物の衣類を受け取りに施設を訪問。今回、オヤジが入所する介護施設に伯父も入所したこともあり、家族的な負担が解消されたことは良かったです。
15日(月)半休
<伯父>午前10時、これまでお世話になっていた介護施設から、長野市内の介護施設へ移動。歩けない伯父を車イスのまま乗車できるタクシーに乗せ、こちらは着替えの入った段ボール箱3つとともに自家用車にて新しい施設へと向かいました。
新しい施設では、予め仮申し込みをしておいたため、書類については改めて記入する項目はほとんどありませんでしたが、担当の介護士、看護師、そしてケアマネ(支援員)さんにこれまでの経緯を説明するしたり、前の介護施設で本人の病状・生活状況等々作成した書類についての質問が多く、終ったのは正午少し前となりました。

 平成29年4月
1日(土)
<伯父>届いた新しい保険証を持って介護施設を訪問。転所を予定している長野市内の介護施設へ提出する書類について打ちあわせ。
今後の流れは、現在入所する施設に併設するクリニックで作成する診断書と、入所申込書を持って、先ずは家族が介護施設へ提出。受付した介護施設では、審査会にて受け入れを決定し、入居する日程も含め、詳細を新しい介護施設の担当者と打ち合わせを行うことになるとのこと。診断書の作成ができた段階で当方に連絡があるようです。

平成29年3月
30日(木)
<伯父>介護認定の更新結果が届き、封を開けて保険証に記されている介護度を見ると、なんと「介護5」の表示が…。先月からの状況をみていると、それも間違っていないのかもなぁ…と納得するものの、オヤジと伯父の二人揃って「介護5」という現実を突きつけられ、家族としてなんとも複雑な気持ちとなりました。
「介護5」ともなると、特別養護老人ホームへの入居順位が優先されるようですが、現状は待機待ちであり、入居者の看取りがなければ入所することは困難と聞きます。したがって、それまでは老人保険施設(老健)へ入所するわけですが、「介護5」ともなると「介護3」の時より手厚い介護が受けられる代わりに値段もUPします。伯父の1ヶ月あたりの費用は、これまではどうにか受給する年金の範囲内で収まっていましたが、先に「介護5」になったオヤジの費用をそのまま請求されると完全に不足。不測の事態に備えて手をつけなかった貯金の取り崩しにも限度がありますので、枯渇した場合には持ち出しもやむを得ないのかもしれません。
仕事の合間に携帯に架かる施設からの問い合わせをどうにかこれまでは応えてきましたが、今回の更新認定の結果は、介護するということが思っていたよりも簡単なものではなく、このままだと何かのきっかけで心が折れてしまうのではないかという不安を感じることになりました。
25日(土)
<オヤジ>入居する介護保険施設(老健)を訪ね、サービス付高齢者賃貸住宅(サ高住)に入居していた時に使っていた寝具等を持ち帰り。
  
平成29年2月
26日(日)
<伯父>夕方、介護施設から伯父の容態について連絡あり。日中36度まで下がった体温が夕方になって、また39度まで上昇したとのこと。このため、明日、提携病院に移す可能性がある(※28日の予定を27日に変更)ので、病院に来れる時間を空けておいてほしいということでした。どうなるのだろう…。
25日(土)
<オヤジ>22日に移った介護施設(サ高住)をオフクロと訪問し、来週から通うディサービスの持ち物を用意しました。顔色もよく、調子もよさそう。
<伯父>入所する介護老人保健施設(老健)を訪問。
相談員さんの話によれば、昨夜は39度を超える熱があったそうですが、今朝は熱がやや下がり37度台になったものの、血圧低下も見られるため、詰め所に近い部屋に移動したとのことでした。
もともとカラダが弱い伯父でしたが、ここところかなり体力が落ち、食べ物を飲み込む力も弱まっているそうで、誤嚥を防ぐために食事前に痰の吸引をする必要(家族の同意書が必要であるため署名捺印済)もあるようでした。
相談員さんの話は続き、

①最高血圧が90を下回る状況であれば、提携病院へ緊急搬送する
②27日の施設医師の診断次第で病院へ搬送する場合もある
③27日午後、管理人ひろさくまで連絡するので、その場合には28日に提携病院まで来てほしい

とのことでした。
ベットに横臥する伯父の様子を見る限り、かなり状況が悪くなっている様子が感じ取れました。本来であれば、長野市内の介護施設への移動を考えなければいけない時期ではありますが、このままだと病院に搬送されたままになるかもしれません。

24日(金)
<伯父>午後5時半、介護施設から電話。39度の熱があり、様子を見ている状況とのこと。状況によっては提携している病院に搬送する場合もあるので、その際にはまた電話するとの連絡がありました(とりあえず、24日夜に連絡はなし)。
18日(土)
<伯父>介護施設にてケアプランの受け取りと今後の方向性を相談員と打ち合わせ。これまでは、施設側のご好意で利用させていただいていたわけですが、いつまでもここを利用していては、本来利用されるべき地元のみなさんにご迷惑をおかけすることになり兼ねませんので、早急に長野市周辺の介護施設を探す必要がありました。当然のことながら、その意向を相談員にも伝えていたわけですが、その後、オヤジの病気入院や施設の変更が重なり、ようやく今回、今後の具体的な日程や場所について打ちあわせをすることになったのでありました。
施設変更についてご提案もあったのですが、できればオヤジと同じ施設であれば面会も一度で済み、同行するオフクロの負担軽減にもなることもありましたので、その案についてはお断りしました。ただ、現在の健康状況からすると、今回の介護認定で「介護4」になる可能性もあり、その場合には値段が数万円増加することもある、とのことでした。打ち合わせの結果、場所は長野市内のオヤジが入所する施設と同じ、時期は概ね4月中旬頃となり、入所について当方で確認し、連絡するということになりました。
17日(金)
<オヤジ>ケアマネから連絡。予定していたディサービスでは週2回の受け入れは難しいとのこと。代替えの施設(こちらは週2回OK)も検討したそうですが、今度入居するサ高住からやや遠いようで、どのようなものか思案中とのこと。
これについて、本人も高々齢者であり、往復だけでも負担が大きくなるのではないかと考え、とりあえず週1回、予定していたディサービスに依頼してほしいことを伝え、またその結果を教えてほしいと伝えました。
16日(木)
<オヤジ>サービス付高齢者賃貸住宅(サ高住)への入居について、従来から担当されていたケアマネさん、介護老人保健施設(老健)から相談員さん及び介護士さん計3名、サ高住(訪問看護・訪問介護)から2名を交えて打ち合わせ。
「現在の状況」「病状」「リハビリ」について老健側から説明があり、それに対してサ高住で看護・介護を担当する方々が、これまでの対応や改善する点について確認する、という形式で概ね1時間半ほどの打ち合わせとなりました。
話によれば、入所時はかなり精神的にも心身的にも不安定だったオヤジでしたが、動き回ることはできないものの、多少の手を差し伸べれば自分で動こうとする意欲が見られるようになった(とはいえ「全介助」は必要)こと、食事はミキサー粥から粗刻みの粥で最後まで摂取が可能であること、排泄は最大で1日6回、オムツは800パットから600パット(大きいものから小さいものになったという意味か…)で対応可能とのことでした。ただ、アザや床ずれをたびたび起している(もともと皮膚が薄く、自宅に居た時も大きなアザができていた)そうで、治療しながら様子を看てきたようでした。
サ高住へ入居した場合は、訪問ステーションから「訪問看護」(看護師さん)「訪問介護」(介護士さん)が定期巡回するそうですが、ただ、1日中ベットに寝ているだけだと、また同様の症状がまた起きるかもしれないため、そこで、ケアマネさんからの提案で、週2回、ディサービスに通うのはどうか、提案がありました。
「それはいいなぁ…」とは思ったものの、ただ、「介護度5」の人間がディサービスに通って、効果がどれだけあるのかわからず、また、別途費用もかかることにもなるため簡単に返事ができず、とりあえず、通所が可能か確認してほしい、ということのみ伝えるに留まりました。
サ高住への引っ越しは22日午後(当日は半休を取得)。当日は引っ越しのほか、サ高住の賃貸契約及びベットに敷くマットや車いすのレンタルについての契約をする予定。気になる費用は、これまでよりも2万円(レンタル除く)程度増加することになる…ようです。

しかし…、介護制度があっても、これじゃお金がないとどうにもなりませんね。オヤジが長年勤めてきた年金だから、相応の対応はしてあげたいとは思うものの、オフクロが同じ状態になったら、同じようなことはとても無理。ふぅ…。

15日(水)
<オヤジ>手の甲に5cm程度のアザができたため、ワセリンを塗って処置をしたとの報告。もともとそうした症状は在宅の時にもあったので、お手を煩わせて申し訳ない旨を伝えました。
13日(月)
<オヤジ>16日に予定されている打ち合わせの確認の電話
<伯父>ケアプランができたので施設に来てほしい旨の連絡
10日(金)
<伯父>しならくして電話したものの繋がらず。

平成29年1月
29日
<伯父>介護施設から連絡あり


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