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平成29年8月に亡くなった伯父の遺品を整理していたところ、鍋屋田国民學校(鍋屋田小学校)に通っていた頃に行われた遠足のしおりが見つかりました。それによれば、尋常科5年生の昭和16年(1941)6月は一泊二日で長野市戸隠に、尋常科6年生の昭和17年(1942)は直江津方面へ修學旅行、高等科1年生の昭和18年(1943)7月には万座温泉・草津白根山へ「鍛錬遠足」にでかけていたようでした。
謄写版(がり版刷り)印刷ではあるものの、当時の先生方のとても几帳面な文字にはそれだけでも驚かされるのですが、更に驚かされるのはその内容で、当時としては普通でも、今ではびっくりするような行程での遠足が行われていたことでした。
今回、こうした資料が我が家で埋もれてしまうのもどうかと思い、3回に分けて、当時の子供たちの遠足の様子を紹介してみたいと思います。最終回の3回目は高等科第1学年生時に出かけた万座温泉への鍛錬遠足について。変換できない漢字も多々ありますので、それについては現在の文字で表記してありますのでご了承ください。

「戦前の遠足」その参~鍋屋田国民學校高等科
鍛錬遠足
日程 
七月八日(木)
學校集合午前六時十分、権堂駅發六時四十七分(須坂駅マデ電車)
須坂(十三粁 三時間)-山田温泉(十二粁 三時間四十分)-萬座峠(二粁 三十分)-萬座温泉 萬座温泉着午後五時頃ノ予定、宿泊、
七月九日(金)
萬座温泉發午前六時三十分
萬座温泉(四粁 一時間三〇分)-白根山(六粁 二時間)-横手山(五粁 一時間三〇分)-熊の湯(十二粁 三時間)-湯田中(午後六時頃着の予定)
湯田中駅發午後六時四十八分、権堂駅着午後七時五十五分。駅前にて解散。

須坂町(上高井郡)
上高井郡の中心地で善光寺平の東北隅に位し 人口二万、岡谷市に次いで縣した第二の製糸工業の盛んな所である。
須坂町を出て山田温泉へ向ふ十三粁は平たんな田圃道である。所々に髙い柱を立ててホップを栽培してゐるのが見られる。(後に記載してある植物の図参照) ホップについて少し説明すれば ヨーロッパ、アメリカ及び西部アジアに産する蔓性の多年生草木にして長さ三米に及ぶものあり、葉は卵形にして三乃至□(※不明)分裂す、花は單性にして帯黄緑色を呈し 雌雄異株に生ず。果□(※不明)一見松の毯果の如し、果実は苦味質と揮発油とを有するを以て胃剤とし、また麦鮭(ビール)に苦味と芳香とを附するに用ひる。ホップの産額は我が長野縣は全国に於ても屈指の産額を示し 特に高井の地方は縣した第一の栽培地である。

高井橋
山田温泉の直ぐ手前、松川の渓流にかけられた橋で、名の如く「高い橋」である、この橋を渡れば山田温泉がすぐ見える。

山田温泉(上高井郡山田村)
元應元年(後醍醐天皇、紀元一九七九年)の發見と傳へ、後元和元年(後水尾天皇、紀元二二七五年)福島正則(豊臣秀吉の家來)が徳川氏のために信州の高井郡に封ぜられてから、正則の盡力によってこの温泉が漸次開発されたといはれてゐる。松川を脚下に控へ三方山に圍まれにしの一方は遠く善光寺平を望み、夏は気温低く避暑にも適し長野地方の人々に親しまれてゐる温泉である。須坂より乗合自動車の便がある。

五色温泉(上高井郡山田村 海抜一一三〇米)
七味温泉(上高井郡高井村 海抜一一一八米)
両温泉とも松川の流に沿ひ、附近一帯の濶葉樹林に圍まれ静かな山間の小温泉場である。

萬座峠(長野、群馬の縣境 海抜一八二七米)
七味温泉を過ぎてから山道は次第に上りになり本日第一の難関の萬座峠にかゝるのである。深い渓谷の美を味はひながら一歩々々上る傍には平地では見られない美しい高山植物が澤山目につく。そのうちの主なるものは次のようなものである。図と比べて名をおぼえなさい。
※イスシデ・クマシデ・ホップ・ガミ・ゴゼンタチバナ・コケモモ・マヒヅルサウ・ナナカマド・ドウダンツツジ・シャウジャウバカマ・サギスゲ・ツマトリサウ・ツリガネツツジ
又峠の上り道には一面に熊笹の枯れてゐるのが見られる。熊笹は花が咲くと枯れてしまふのであるが、今年あたりでも枯れた笹の中に花の咲いたのが少し見られる。
峠の頂上は見晴らしがよく 西方には笹ヶ岳(二〇七五・八) 御飯岳(二一六〇・二)を望み 東南には遠く浅間山の噴煙を見ることが出來る。ここから愈々上州(群馬縣)に入るのであるが、萬座温泉まではここから約一粁で達する。峠から少し下れば 明日登る白根山がどっしりとした姿をして正面に聳えてゐる。

萬座温泉(群馬縣吾妻郡嬬恋村 海抜一五五五米)
日本に於ける有數の高山温泉である。温泉は砒素含有酸性明礬泉、酸性泉、緑礬泉で姥湯(うばゆ)、苦湯(にがゆ)、塩湯などの源泉があり、胃腸病に特効があり、婦人病、脳病、皮膚病、リユウマチスなどにも効くといふ。豊國館、日新館、常磐屋の湯屋があり、我等は豊國館に宿泊する。

白根山(一に草津白根ともいふ 海抜二一〇二米)
噴火口に直徑四〇〇米でその活動は有史以前のことである、其後火口の中に爆裂火口が三個出來、中央を湯釜ととなへ 明治十一年に出來たもので酸性の熱水をたゝへ、北の隅に硫気孔が数個あって水蒸気と瓦斯を噴出してゐる。湯釜の西部の火口壁上には硫黄を混ずる泥土が堆積してゐて、今盛にそれを掘ってゐる。湯釜の西に涸釜(カレガマ)、東にあるのが水釜といふ。
この火山は明治年間よりしばしば活動した。山頂の南に多くの爆裂火口があり、そのうち最大なものが二個隣接して弓形をなして水をたゝへてゐるものがある。これを弓池といふ。
「◎爆裂式噴火とは火山瓦斯或は水蒸気の急激な爆発的逸出をともなふ噴火現象をいふ。現在の活火山は大部分此型の噴火をなす。」
萬座方面より上れば 針葉樹の森林帯を抜け出て立枯の喬木多き焼野を進み 右に弓池を見て進めば 硫黄採取の小屋に出る。それより二百米北へ進めば火口壁の西頂に達する。ここから涸釜が見下される。それより東北に向ひ壁上を辿って行けば 左に一段低く湯釜が見下され、更に進めば火口壁上の東端に達する。ここは白根山の最高点で水釜が左方直下に見える。
山上の展望は廣く、北には近く岩菅山に対し、東には群馬縣北部の諸山の波涛の如く起伏するかなたに日光白根を望み、東南には裾野の美しき赤城山及び群峯の□□(※不明)する榛名山を眺め、近くに本白根山、四阿山を見、遠く浅間山の噴煙が仰がれる。更に西方は日本アルプスの雄大なる山列に対し、西南には蓼科火山が見える。
白根山地方では硫黄の採掘が行はれ、昭和十年頃の産額を見ると小串鑛山は約一万九千トンで内地第三であった。

芳ヶ平(海抜一八三一米)
白根山より東北へ下ること約二粁、立枯の喬木(明治初年の爆裂噴火の以前は山全体が針葉樹の密林であったが、噴火の折、降灰と噴出瓦斯のために數百町歩の密林が枯死し、今に立枯れたまゝ森林んをなして奇観を呈してゐる。)の間を過ぎて 湿地帯の低地に出る。ここが芳ヶ平で ここより白根山登山道、渋峠道、草津温泉道へと三方に道が分かれてゐる。古來より有名な草津温泉はここから東南へ約八粁で達する。この辺には高山植物「ナナカマド」が多く 又湿地帯には「ヤマボウシ」が一面に白く咲いてゐる。

澁峠(海抜二一七二米)
芳ヶ平より北西へ進み、横手山(二三〇四・九)の中腹を通って熊の湯へ向ふ上信國境がこの峠である。眺望はあまりよくはないが峠の中腹より上州の草津の町が見られる。「イハカガミ」の群落が美しい。
峠の頂上を信州の方へ下ってクマの湯へ向ふ途中の横手山の断崖は素晴らしい眺である。松川の流をはるか下に見て、西方に笠ヶ岳を望み 遠く四阿山を仰ぐことが出來る。

熊の湯(下高井郡平穏村 海抜一七〇〇米)
渋峠から火山岩の露出した石ばかりの道を下ること約三粁で熊の湯へつく。笠ヶ岳の麓にある温泉で佐久間象山先生の発見といはれてゐる。硫黄泉で静かな山間の小温泉である。

志賀高原
熊の湯温泉の東北にある志賀山(二〇三五)を中心として東は大沼池、西は琵琶池に至る一帯の地をいふ。森林、岩石、渓谷、湖沼、温泉等あらゆる景勝の要素を備へ、夏はキャンプ場として 冬はスキー場として近年微かに世に知られて來た。
我々の通るところには大小澤山の池があり 紺靑の水面の周圍の喬木のうつる美しい景色を見ながら進むのである。熊の湯に近い方から木戸池、三角池、小池、長池、丸池をあって、丸池の東の高台に観光ホテルの美しい建物が見られる。丸池を過ぎて橋を渡って右手に琵琶池が見られる。

幕岩
熊の湯から少し下ると前方角間川の上流に 蜂の巢をたゝきつぶしたやうな一枚岩の奇岩が聳立してゐる。これを幕岩とよんでゐる。岩の下に幕岩滝があり、この辺には岩燕がたくさん飛んでゐる。
丸池から湯田中まで乗合自動車の便がある。我等は健脚を以て近道(波坂といふ)を上林温泉まで下るのである。
上林から澁・安代・湯田中と上高井郡(※下高井郡)平穏村の温泉町を通るのであるが、平穏村は大変温泉の多い村で前にあった熊の湯、発哺(岩菅山の麓)、地獄谷と約七つの有名な温泉がある。

湯田中の百尺観音
安代と湯田中の間に近年出來た百尺観音といはれる大佛がある。緑濃き山を背景にして温泉街を眼下に見下して立っておられる姿は、はじめて拜する我等の眼を驚かすことであらう。

諸注意
○凡そ各班毎に一單位となって行動せよ。
○決して自分勝手の行動をせぬこと。
一人の不始末なる行動によって全体の動きに支障を來すやうなことをしてはならぬ。自分一人は團体の一人なることを常に自覺して慎重なる思慮の下に行動せよ。
○歩行上の注意
一、路傍の草木は先生の許可のあるまで勝手に取ってはならぬ。
二、無断で列を崩れぬこと。又前の歩行者との間を常に注意しておくれぬやうにせよ。
三、急坂にかゝったならば一歩一歩地上を注視しながらゆっくり上り、おくれたからといって飛んではならぬ。特に白根山の火口附近、澁峠より熊の湯へ下る處はよく注意して先生の命令に從って慎重に行動せよ。
四、休憩の時は直ちに地上に腰を下し、リュックサックをとって休むこと
五、常に整然と歩行することは 團体全部の気持を始終緊張させ 且歩行時間を節約することが出來るものである
六、電車の乗り降りには特に注意し、決して先を爭ってはならぬ。
○宿泊所に於ける注意
1、家の中は絶対に飛んで歩かないやうにせよ。宿には病気療養のために來てゐる浴客が居るから、喧騒にならないやうに気をつけよ。
2、先生の許可なく外出したり、入浴してはならぬ。
3、便所の使用は特に注意し、汚して他の人に迷惑をかけるな。
4、各自の持物は凡てリュックサックに入れてよく始末しておく。
5、就寝、起床の時刻をよく守り、明日の行軍に疲れぬやう十分熟睡のこと。
持参品
○衣類
1、腹巻(又ハその代用となるもの)
2、女子は寝衣(單衣か その他適当なもの)
3、着換への冬シャツ一、なほ夏シャツを一枚持てれば持った方がよい。
○食料品
1、第一日目の食糧は普通の遠足の時のくらゐでよい。第二日目の晝食は温泉宿よりいただく分では稍々不足するし、湯田中着が少しおそくなるから適当に持参すること。なほ食糧の補充は代用食にても結構である。
2、糖分を必要とするから、砂糖を少量持参してもよい。菓子は不可。
3、胡瓜を二本位なら持って行ってもよい。
4、味噌は体力をつけるものであるから、持って行けたら少し持った方がよい。
○其の他
手拭、雨具、鼻紙、新聞紙(二、三枚) 草鞋の者は補充に一足。薬品は学校で用意するも 平常用ひてゐるものは持参してもよい。水筒は必ず持参。もしなければ適当な瓶でもよひ。

<管理人ひとこと>
須坂駅から山田温泉・万座峠を越えて万座温泉に至るルートを歩くとは凄すぎる…。しおりには、女子向けの記載もあるから、歩いていったのかもしれませんね。戦時中は子供たちも大変だったことがわかります。病弱だった伯父さんも参加したのかどうか、生前に聞いておけばよかったな…。


 「戦前の遠足」その参~鍋屋田国民學校高等科
  http://wingclub.blog.shinobi.jp/Entry/3125/
 「戦前の遠足」その弐~鍋屋田国民學校尋常科
  http://wingclub.blog.shinobi.jp/Entry/3124/
 「戦前の遠足」その壱~鍋屋田国民學校尋常科
  http://wingclub.blog.shinobi.jp/Entry/3123/


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