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| 長野県天然記念物 宇木のエドヒガン (千歳桜) |
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| 大日庵の源平しだれ桜 | 大久保のしだれ桜 |
| 隆谷寺のしだれ桜 | 宇木区民会館の桜 |
下高井郡山ノ内町夜間瀬(地図)宇木地区で、17日と18日の両日、宇木区民会館前で恒例の「宇木の古代桜まつり」が開催されました。
(写真:古代桜を巡る「桜コース」途中で鑑賞した五大桜=18日午後撮影、640×480拡大可能)
<参考HP>
・ 古代桜のふるさとだより
http://martin1833.blog.fc2.com/
<参考資料>
山ノ内町天然記念物
大日庵の源平シダレザクラ(エドヒガン)
胸高幹囲 三・五メートル
樹高 十一・五メートル
推定樹齢 約三百年
このエドヒガン(バラ科)はかつてこの地のあった大日庵という寺に植栽された枝垂桜のものであり、紅白二本あったことから「源平シダレザクラ」といわれている。紅花(平家)の桜は枯死し、現在は白花(源氏)の花のみが残っている。
(山ノ内町教育委員会設置の案内板から)
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岡谷市長池(地図)にある縄文時代中期の遺跡。国指定史跡。
(写真:梨久保遺跡=11日午前撮影、640×480拡大可能)
<参考HP>
・ 市立岡谷美術考古館
http://www.okaya-museum.jp/
・ 文化遺産オンライン
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/172085
<参考資料> 梨久保遺跡
梨久保遺跡は、長野県の中央部、諏訪湖の西北の山麓に位置し、常現寺沢によって形成された標高八三〇メートル~八六〇メートルの小扇状地の上に立地する縄文時代を主とした集落址であり、縄文時代中期初頭を代表する「梨久保式土器」の標式遺跡として有名である。
これまでの調査で、遺跡は、扇状地の谷口から扇央部一体に、ほぼ等高線に沿う形で、上・中・下の三群の縄文時代中期を中心とする住居址郡が展開し、住居址群の間に甕被り土拡墓を含む小堅穴群が存在していることが確認され、出土遺物は、繊細華麗な籠目文の梨久保式土器のほか、石器、ヒスイ、コハクの玉等多数が発見されており、中部山岳地方における東西文化の交流や縄文中期文化の成立と、その展開をとらえる上に欠くことのできない重要な意味をもつ遺跡である。
(岡谷市教育委員会設置の案内板から・昭和59年)
<参考資料> 梨久保遺跡
梨久保遺跡は、長野県岡谷市長池中村区にあり、諏訪湖への流れ込む常現寺沢によって形成された標高830m~860mほどの南向きの扇状地上に位置する縄文時代中期を代表する遺跡である。また、古墳時代には、山裾の地形を利用した円墳が築かれ、塚屋古墳、火燈古墳、清水田古墳などがあり、かつてこの地域を治めていた豪族の存在を今に伝えている。
<参考資料>
岡谷市指定文化財
梨久保遺跡3・4号住居址出土土器
梨久保遺跡3・4号住居址出土土器は、昭和44年の発掘調査により梨久保B地点と呼称された調査区において、重複した状態で発見された3・4号住居址より出土した土器群で、縄文時代中期後半に、はしご状の文様を特徴とする点で諏訪盆地の独自形式として提唱された。現在は諏訪湖周辺や天竜川上流域、松本平などに広がりを持つ土器形式として知られており、縄文時代中期中葉から後葉への時代の移り変わりと、文化の交流を示す土器形式として特徴的な資料である。
(掲示板から)
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諏訪郡富士見町立沢の坪平遺跡(地図)で発掘された支石墓の遺構。
(写真:ドルメン類似遺跡=18日午前撮影、640×480拡大可能)
<参考HP>
・ 木漏れ日の森から
http://komorebit.exblog.jp/7101380/
<参考資料> ドルメン類似遺跡
| ドルメン類似遺跡 (後ろは立沢大橋) |
発掘されたのは石で覆われた墓と目される遺構で、四メートル近い間隔で二基ならんで発見された。片方は偶然、地主の植松夏平氏によって掘り起こされた。南北五.七メートル、東西四.五メートルばかりの長方形に積石がなされ、その北端に長さ十五メートル弱の人形をした石製品(立沢区所蔵)があったという。
もう一方もやはり南北五メートル、東西三.六メートルほどの長方形に積石がみられた。掘り起こして見ると六十センチほどの深さに積まれており、中央やや北に寄ったところには直径一メートル余の大きな蓋石がいくつかの支石の上に被せられていた。支石で囲まれた不規則な室は長さ九十センチ、幅三十センチほどであるが、そこに遺物は見当たらず、蓋石の北側から石器や土器片が発見されたという。
このような支石と蓋石のあり方はヨーロッパ考古学で「ドルメン」と称する支石墓(しせきぼ)に似ており、これらは石器時代の墳墓である。そして、日本にも巨石文化の小規模なものが存在したと、鳥居龍蔵は考えた(『諏訪史』第一巻)。
こんにち、坪平遺跡は縄文時代後期(およそ三八〇〇年前)の遺跡として認識されている。いっぽう、一九八〇年来、八ヶ岳南麓の北巨摩郡下では墓や墓域に大量の石を用いた同時代の遺跡がいくつか発掘されてきた。それらに照らしてみると、坪平の遺構を支石墓と断定することには疑問もあるが、諏訪における考古学史上記念すべき遺跡であることに変わりはない。その時の発見箇所一〇〇平方メートルほどが、区有地として保護されている。
なお平成十年、この東に隣接する土地五〇〇平方メートル余りを発掘調査した。しかし、墓跡と思しき穴三基を検出したにとどまり、同類の遺構は見当たらなかった。
(富士見町教育委員会設置の案内板から・平成17年)
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諏訪市の高島公園に咲く満開のサクラの様子。
(写真:高島公園=18日午前撮影、640×480拡大可能)
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諏訪市赤沼の上川左岸堤防沿い(地図)に咲く満開の桜並木と、河川敷に咲く約25万本のスイセンの競演。
(写真:諏訪市上川左岸堤防からの風景=18日午前撮影、640×480拡大可能)
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