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140720_1751_高岡古城公園(富山県高岡市) 140720_1732_高岡古城公園(富山県高岡市)
高岡古城公園(小竹藪) 現在も残る水濠
140720_1736_高岡古城公園(富山県高岡市) 140720_1742_高岡古城公園(富山県高岡市)
朝日橋 前田利長公銅像
140720_1745_高岡古城公園(富山県高岡市) 140720_1741_高岡古城公園(富山県高岡市)
本丸井戸 本丸

富山県高岡市にある高岡城(地図)は、加賀藩主前田利長( Wikipedia )の隠居城として、慶長14年(1609)に築城された平城( Wikipedia )。縄張はキリシタン大名で知られる高山右近との説が現在通説となっています。
然しながら、慶長19年(1614)の利長死去、翌年の幕府による一国一城令により、僅か6年で廃城。以降は加賀藩の軍事拠点としての機能を有したまま幕末に至っています。
城内は、本丸(市民弓道場・射水神社周辺)・二の丸(市民会館周辺)・三の丸・明丸(動物園周辺)・鍛冶丸の5つの郭を持ち、それぞれの郭を取り巻くように堀(水濠)が廻らされています。建物の遺構は残されておらず、石垣や本丸付近に残る井戸に、築城当時の面影を偲ぶことができます。
明治以降は、服部嘉十郎( Wikipedia )ら地元の有志の尽力により高岡公園(のちに高岡古城公園)として一般に開放されました。春は桜の名所としても知られており、日本さくら名所100選に選定されています。
(写真:高岡古城公園=20日午後撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 高岡市公式ホームページ
  http://www.city.takaoka.toyama.jp/
・ 高岡市観光ポータルサイト
  http://www.takaoka.or.jp/
・ 高岡古城公園
  http://www.kojyo.sakura.ne.jp/

<参考資料>
140720_1725_高岡古城公園(富山県高岡市)
高岡古城公園案内図
高岡古城公園は、加賀藩2代藩主、前田利長によって築かれた高岡城の城址です。
慶長14年(1609)、利長は大火に見舞われた富山城に代わり、加賀・能登・越中の中心に位置する関野の地に居城と城下町を移し、高岡城と命名しました。縄張り(設計)を担当したのは、築城の名手と謳われた高山右近と伝えられています。
慶長19年(1614)、利長が死去し、次いで大阪夏の陣で豊臣家が滅亡した元和元年(1615)、幕府の一国一城令により高岡城は廃城されました。しかし、3代利常をはじめ歴代の藩主は、城址を高岡町奉行所の管理下において、米蔵や塩蔵を設置し、土塁や堀を残す措置をとりました。
明治3年(1870)、金沢藩は窮民救済と農地増殖を目的に高岡城址を民間に払い下げる布達を出し、明治5年(1872)の廃藩置県後、七尾県は水濠を除く31,066坪を民間に払い下げる決定をしました。これに対して、高岡の象徴である「古御城」を壊すことについては高岡町民は反対の意思を示し、当時の第17大区区長(現在の高岡市長に相当)服部嘉十郎ら高岡町民有志による公園指定請願運動が起こりました。
明治6年(1873)の公園条令(太政官布告)、翌年の射水神社の遷座もこの運動を後押しするものとなり、明治8年(1875)7月に「高岡公園」として指定され、今日の高岡古城公園が誕生しました。

特色
高岡城跡は、日本の築城技術が高度に発達した慶長期の縄張りを完全な形で残しており、近世初頭の城郭構造を知るうえで貴重な遺構として全国に知られています。
城址全域に及ぶ公園面積は約21万平方メートルと広大で、しかもその1/3が堀で占められており、全国有数の水濠公園です。
春は桜が一面に咲きほこり、夏は新緑が豊かに生い茂り、秋は紅葉が燃え盛り、冬は木々に雪が降り積もる。
野趣あふれる公園内では、四季折々の彩り豊かな景色が訪れる人々を楽しませてくれます。

石垣
二の丸から本丸に渡る土橋の両側には、築城当時の位置が気が残っています。
内堀側の石垣の石材を調べたところ、高岡から氷見の海岸で切り出される砂岩が4割、残りは県東部で切り出される花崗岩や安山岩が用いられています。
石には岩を断ち割る際にクサビを打ち込んだ「矢穴」のほか、60種類余の文様・記号を刻み込んだ「刻印」を見ることができます。
(公園内に設けられた案内板から)





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140720_1707_ショップまじまの10段ソフトクリーム(富山県高岡市)

富山県高岡市の越中中川駅近くにある地元では有名なソフトクリーム屋さん(地図)。
コーンの奥から、まきまきまき…えいっ!と最後の気合いで巻きあげれるソフトクリームは、なんと10段(実測13.5センチ)もあり、お値段は150円。
濃厚さのない、柔らかソフトのため、いざペロリっといく頃にはポタポタ溶け出すほど。躊躇なく、一気にペロペロすることをおススメします。
(写真:ショップまじまと名物ソフトクリーム=20日午後撮影、640×480拡大可能)

ショップまじま
富山県高岡市中川1-3-16

<参考HP>
・ 高岡市公式ホームページ
  http://www.city.takaoka.toyama.jp/
・ 高岡市観光ポータルサイト
  http://www.takaoka.or.jp/
・ 高岡古城公園
  http://www.kojyo.sakura.ne.jp/





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140717_1731_善光寺回向柱寄進建立会総会(長野市松代町)

松代藩が善光寺本堂再建の任を務めた縁から、御開帳時に建立される「回向柱(えこうばしら)」は、以降、松代藩の領地から奉納されることとなりました。
写真は、17日、来春(平成27年4月5日から5月31日まで)の御開帳に向け、町内で開催された善光寺回向柱寄進建立会総会の様子です。
(写真:善光寺回向柱寄進建立会の総会=17日午後撮影、640×480拡大可能)


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140713_1053_稲泉寺の大賀ハス(木島平村)

写真は「蓮寺」で知られる下高井郡木島平村の稲泉寺(地図)に咲く大賀ハスの様子。
(写真:稲泉寺の蓮田=13日午前撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 木島平村ホームページ
  http://www.kijimadaira.jp/
・ 木島平村観光協会
  http://www.kanko-kijimadaira.com/


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090411_0946_天白公園から撮影した土石流災害に見舞わる前の周辺の様子(南木曽町)

木曽郡南木曽町読書(よみかき)の梨子(なし)沢で9日午後、台風8号に伴う大雨により大規模な土砂災害が発生し、複数の民家を押し流す被害がありました(地図)。
国道19号線は復旧しましたが、JR中央本線では橋桁が流されたことから、南木曽駅~十二兼駅間の不通が続いています(13日現在)。
長野県では9日、被害を受けた南木曽町に対して災害救助法を適用しました。

地元では、流れ下る土石流の様子を蛇に例え「じゃぬけ(蛇抜け)」と呼んでおり、ミツバツツジの群生で知られる天白公園には、昭和28年に発生した伊勢小屋沢の災害で亡くなった人たちの冥福を祈る「じゃぬけの碑」が建てられています。そこには、過去の災害の教訓を後世に伝えるため、地元に伝わる災害前の予兆を次のような言葉で刻んでいます。
  
・白い雨が降るとぬける 尾先 谷口 宮の前
・雨に風が加わると危い
・長雨後 谷の水が急に止ったらぬける
・蛇ぬけの水は黒い
・蛇ぬけの前にはきな臭い匂いがする

テレビで放送された地元の方々へのインタビューでも、今回の災害前には「雨で真っ白…」という言葉を口にされていました。災害発生時における南木曽町の1時間雨量は70ミリを超えていたとも報道されており、当時でもこの雨量(=白い雨)が災害発生の基準だったのかもしれません。
 
写真は、過去に天白公園から災害地周辺の様子を撮影したものです。写真中央の桜並木の左側が梨子沢なので、その先に密集する民家と左に見える森が全て流されてしまったのではないかと思われます。とても土砂災害が起きるようには思えない、中央アルプスを望むのどかな農村の風景がそこにはありました。
  
一刻も早い復旧と、土砂災害の対策が行われることを願っています。
(写真:天白公園から撮影した土石流災害に見舞わる前の周辺の様子=平成21年4月11日撮影、640×480拡大可能)

<参考資料> 伊勢小屋沢「じゃぬけの碑」案内
080726_1027_じゃぬけの碑(南木曽町)
じゃぬけの碑

昭和二十八年七月二十日の伊勢小屋沢「じゃぬけ」によって犠牲となった三人の霊を慰めるとともに、この災害によって得られた幾多の教訓を後世に伝え、再びこのような惨事を受けぬことを念願し多くの人々の協力を得て、東京芸術大学助教授笹村草家人先生の作になる「じゃぬけの碑」を水害十周年を記念し、現地に安置した。
なお像の礎石には「じゃぬけ」の俚言を刻み後世へのいましめとした。
(じゃぬけの碑設立委員会設置の案内板から)


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