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上伊那郡中川村田島の赤そば畑が見ごろを迎えました。
詳しくは中川村観光協会の赤そば情報(
さて、管理人ひろさくですが、29日に行われる第1回信州駒ヶ根ハーフマラソン大会(
昨年まで行われていた駒ヶ根高原マラソンの会場を市街地に移して開催されるこの大会は、29日午前8時から駒ヶ根総合文化センターで開会式が行われ、ハーフマラソンは午前9時、3キロは午前9時10分、5キロは午前9時20分に、長野銀行駒ヶ根支店前からスタートします。
コースを車で走ってみましたが、駒ヶ根市内は標高差があり、天竜川まで下って、また上がってゴールにたどり着くという今回のルートは、素人ながらに普段からよほど走り込んでいないと、後半がかなり厳しいのでは…と感じてしまうほど。
案内によれば、先頭ゴールは3キロが午前9時20分、5キロが午前9時35分、ハーフは午前10時10分とのことですが、さてどんなドラマが秋深まる駒ヶ根で演じられることでしょうか。管理人もしっかり沿道から応援したいと思います。
選手のみなさん、頑張れ~。
中央アルプス・純白の結婚式 参加カップル募集
駒ヶ根観光協会では、平成26年2月1日に中央アルプス千畳敷で行われる「第12回純白の結婚式」に参加するカップル2組を募集しています。締切は平成25年9月30日まで。詳細は駒ヶ根観光協会(
第7回中央アルプス山麓美酒フェスタ2013
中央アルプス山麓の銘酒が勢揃いするイベント「中央アルプス山麓美酒フェスタ2013」(
今週のできごと
21日(土)
・秋の全国交通安全運動 (30日まで)
・伊那中央行政組合 伊那中央病院救命救急・研修センター竣工式 (伊那市)
・高遠ブックフェスティバル (伊那市高遠町、23日まで)
伊那市高遠町で開催される恒例イベント。古本市・街中に設置されている本棚30ヶ所をめぐる「街なかブックマルシェ」・製本ワークショップなど。駐車場は文化センター駐車場・河川敷駐車場を利用。
・県看護大学学園祭・「第18回鈴風祭」 (駒ヶ根市・長野県立看護大学)
・信州中川赤そば花まつり開会式 (中川村片桐田島、10月14日まで)
22日(日)
・第10回伊那西高校吹奏楽クラブ記念定期演奏会 (伊那市・県伊那文化会館)
・鉾持神社・燈籠祭 (伊那市高遠町)
・県看護大学学園祭・「第18回鈴風祭」 (駒ヶ根市・長野県立看護大学)
23日(月)
・鉾持神社・燈籠祭 (伊那市高遠町)
・県看護大学学園祭・「第18回鈴風祭」 (駒ヶ根市・長野県立看護大学)
・大宮五十鈴神社例祭 (駒ヶ根市)
・第54回箕輪町駅伝大会 (箕輪町)
26日(木)
・今は一番お買い得!信州ゆかりの作家美術展
(伊那市・ベルシャイン伊那店、10月1日まで)
27日(金)
・第5回長野県工芸美術(公募)展
(伊那市西春近・かんてんぱぱホール、10月2日まで)
・信州の巨匠作家 秋の日本画掛軸展
(駒ヶ根市・ベルシャイン駒ヶ根店、10月8日まで)
・VIVA日本酒祭 (諏訪市)
諏訪地方にある9軒の蔵元(高天・神渡・御湖鶴・舞姫・麗人・本金・横笛・真澄・ダイヤ菊)によるイベント。会場はホテル紅やで午後7時から開演。チケットはオリジナルお猪口付きで5000円。定員200名。
来週のできごと
28日(土)
・関東・甲信越B-1グランプリ in 勝浦 (千葉県勝浦市)
・第3回おてんとさんぽ~手しごと&産直市 (辰野町・荒神山公園)
・古田の里赤そばまつり (箕輪町・上古田公民館など)
29日(日)
・関東・甲信越B-1グランプリ in 勝浦 (千葉県勝浦市)
・第1回信州駒ヶ根ハーフマラソン (駒ヶ根市)
・第3回おてんとさんぽ~手しごと&産直市 (辰野町・荒神山公園)
・古田の里赤そばまつり (箕輪町・上古田公民館など)
・みのわしょうぼう祭り (箕輪町・箕輪消防署)
・第29回飯島町健康づくりフェスティバル (飯島町・町文化館)
・第31回いいちゃんウォーク (飯島町)
・障遣願舞(さんやりがんまい)うつ神楽公演 (中川村・アンフォルメル美術館)
10月5日(土)
・信州大芝公園イルミネーションフェスティバル (南箕輪村・大芝公園)
点灯時間は午後6時から午後10時まで。入場無料。10月26日まで開催。
・上諏訪街道 秋の呑み歩き (諏訪市)
諏訪市の国道沿いにある蔵元5軒によるイベント。パスポートは2000円。
10月6日(日)
・初期中山道ウォーキング
JR岡谷駅を出発点に、岡谷~小野間を歩く10キロコースと、JR塩尻駅からシャトルバスを利用して塩尻市桜沢の牛首峠経由でJR小野駅を目指す11.5キロのコースを設定。参加費は無料。詳しくは塩尻市商業観光課まで。
10月12日(土)
・茅野市5000年尖石縄文まつり’13 (茅野市)
・八ヶ岳自然文化園クラフト市 (茅野市)
10月13日(日)
・茅野市5000年尖石縄文まつり’13 (茅野市)
・八ヶ岳自然文化園クラフト市 (茅野市)
10月14日(月)
・第7回秋のみはらしトレッキング (伊那市)
みはらしファーム >>> http://miharashi-farm.com/
・10月19日(土)
・飯田線歌声列車の旅
株式会社ワイプラザ伊那バス(伊那市)の企画。JR飯田線の伊那松島駅から天竜峡駅まで、貸切列車で往復する日帰りツアー。料金は大人・子ども乗車駅に関わらず1人4000円(乗車券・お弁当・歌集込み)。
10月26日(土)
・第14回八ヶ岳まるごと収穫祭
(諏訪郡原村・八ヶ岳中央農業実践大学校、10月27日まで)
YouTube に公開されている長野県駒ケ根市を紹介する映像(企画:駒ヶ根市総務部秘書広報課)。管理人が現在勤務する、中央アルプスと南アルプスを望む、風光明美な素敵な街の魅力がたっぷり詰まった作品です。
「今週のいなだに」では、この映像を毎回ブログに掲載し、駒ヶ根市を紹介したいと思います。ぜひ遊びに来てくださいね。
伊那ケーブルテレビのホームページ( http://www.inacatv.co.jp/index.html )に、市内8カ所に設置したライブカメラの映像が提供されています。
ケーブルテレビ「エコシティー・駒ケ岳」のホームページ( http://www.cek.co.jp/ )に、市内2カ所に設置したライブカメラの映像が提供されています。
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| 源平砺波山合戦絵図 (石川県津幡町・竹橋・倶利伽羅神社所蔵 案内板から) |
平安時代末期の寿永2年(1183)5月に、越中・加賀国の国境にある砺波山の倶利伽羅峠(現在の富山県小矢部市と石川県河北郡津幡町境)で、木曽義仲が平維盛率いる平家の大軍を「火牛の計」で夜襲し破った戦さ。この戦いで勝利した義仲は北陸道を進み、寿永2年7月、京への上洛を果たすことになります。
治承4年(1180)
以仁王の平家追討の令旨に応じて義仲挙兵
治承5年(1181)
横田河原(長野市)の戦い
寿永2年(1183)4月
義仲討伐のため平維盛を総大将とする平家軍が北陸道へ
平家軍、火打城の戦いで勝利
寿永2年(1183)5月9日
般若野(はんにゃの=富山県高岡市南部)の戦い
義仲方の今井兼平に奇襲され、平盛俊退却
寿永2年(1183)5月11日夜半
倶利伽羅峠の戦い
寿永2年(1183)5月12日未明
平為盛が手兵50騎にて源氏に逆襲
<参考HP>
・ 小矢部市 歴史と文化が薫るまちづくり 義仲と巴
http://www.yoshinaka.info/
・ いこまいけ高岡
http://takaoka.zening.info/Oyabe/Kurikara_Park/
・ 福井県文書館
http://www.archives.pref.fukui.jp/
木曽義仲は、県歌「信濃の国」にも登場する、長野県でもよく知られた武将。
その長野県民にも馴染みが深い義仲が、「火牛の計」で平維盛率いる平家の大軍を破ったという倶利伽羅峠の古戦場を今回訪ねてみました。
倶利伽羅峠へは、長野市内から小矢部IC(富山県小矢部市)まで上信越自動車道・北陸自動車道利用でおよそ2時間。接続する県道47号線を石動(いするぎ)町方面に向かい、途中、道標に従って左折して、西に連なる山並みの麓まで走ると、やがて倶利伽羅峠の古戦場に続く「源平ライン」の入口に到着します。
ここでは、「源平ライン」最初の見どころでもある、義仲に従い、幾多の戦を共にした葵御前・巴御前に纏わる「葵塚と巴塚」から、石川県河北郡津幡町にある「道の駅 倶利伽羅源平の郷」までの間に残る、義仲と維盛の戦さに関連する旧跡を順に紹介します。
(写真:倶利伽羅峠 歴史国道に点在する合戦ゆかりの旧跡=平成25年7月18日撮影、640×480拡大可能)
| 埋蔵文化財 葵塚・巴塚 | |
| 葵塚 | 巴塚 |
<参考資料> 埋蔵文化財 葵塚・巴塚
葵塚・巴塚古墳群は、標高約85mの丘陵先端部に立地し、円墳と方墳の5基の古墳から成る。
古墳の詳細
1号墳:円墳 直径25m 高さ約7.5m
2号墳:方墳 東西約13m 南北約11m 高さ1~2m
3~5号墳:直径約5m前後の円墳と考えられる
古墳群は形態や立地条件から、約1,400m前の古墳時代の終わり頃に築造されたと考えられる。この古墳群に、いつ頃からか「葵塚」と「巴塚」の伝承を重ねて、現在の石碑が建てられたものと見られる。
古墳が立地する丘陵では、今から約800m前の平安時代末に、源平合戦が繰り広げられた。この戦いは「倶利伽羅の戦い」と呼ばれ、源義仲(木曽義仲)と平雅盛の対戦であった。義仲軍は燃えさかる松明を角につけた牛500頭を敵陣に突入させる。世に名高い「火牛の計」を用いて、人数では劣勢であったが勝利を納めた。葵と巴はともに義仲の愛妾であり、武将であった。葵は倶利伽羅の戦いで討死し、巴は義仲が討たれる日まで戦い、後に尼になり91歳の生涯を過ごした。 (富山県教育委員会・小矢部市教育委員会設置の案内板から)
<参考資料> 葵塚
碑文:葵は寿永二年五月砺波山の戦いに討死す 屍を此の地に埋め墳を築かしむ
由来:葵は義仲の部将となり 倶利伽羅の戦に討死したので屍をこの地に埋め 弔ったと伝えられている (小矢部市)
<参考資料> 巴塚
碑文:巴は義仲に従ひ源平砺波山の戦の部将となる 晩年尼となり越中に来り九十一歳にて死す
由来:源平合戦の後 和田義盛と再婚した巴御前は豪勇を誇った朝日奈三郎義秀を生んだが その後の未亡人となり 後生を福光城主の石黒氏に託した
石黒氏とは共に倶利伽羅合戦において平家を攻めた親しい間柄であった
尼となり兼生と称し宝治元年十月二十二日没し石黒氏(注:石黒光弘)が此の地に巴葵寺を建立したと伝えられている。 (小矢部市)
<参考資料> 萬葉公園
わが国最古の歌集「萬葉集」の代表的歌人である大伴家持は、天平十八年(七四六)七月より、天平勝宝三年(七五一)八月まで越中の国守として在任した。
天さかる越の国は、春夏秋冬ゆたかにうつりゆき、自然・風土・その中で生育する草花の数々が、万葉の人びととともに華を咲かせ、露をやどし、多くの名歌として詠みのこされた。
ここに、千二百年前の上代のままに咲き匂う草木のかずかずを寄せ、家持在任中の万葉びとの植物詠歌を石に刻し萬葉公園とした。 (小矢部市)
| 倶利伽羅峠 源平合戦地 | |
| 倶利伽羅峠・塔の橋 | 倶利伽羅峠・砂坂 |
| 倶利伽羅峠・地獄谷 | 倶利伽羅峠・地獄谷 |
<参考資料> 塔の橋
源平合戦の時、平家の将「平行盛」この地に陣を布き源氏方と対峙した
<参考資料> 砂坂登り口 (火牛突入の地)
義仲四天王の一人兼平軍、火牛を四、五百頭をもって、平家軍地へ突入させたと言われるところです
<参考資料> 地獄谷
寿永二年夏のころ、この山頂に陣を取った平家軍を義仲軍が「火牛」とともに夜討をかけ、この谷へ落す。「親が落ちれば子もおちる、馬が落ちれば人もおちる、さばかり深き谷一つ、平家の軍もて埋にけり」 (源平盛衰記より)
<参考資料>
あかあかと 日は難面も あきの風 芭蕉
奥の細道
卯の花山・くりからが谷をこえて、金沢は七月中の五日也・爰に大坂よりかよふ商人何処(かしょ)と云者有。それが旅宿をともにす。
一笑(いつせう)と云うものは、此道にすける奈のほのぼの聞えて、世に知人も侍しに、去年(こぞ)の冬早世したりとて、其兄追善を催すに、
塚も動け 我泣(わがなく)声は 秋の風
ある草庵にいざなはれて
秋涼し 手毎(てごと)にむけや 瓜茄子
途中唫(きん)
あかあかと 日は難面(つれなく)も あきの風
奥の細道 芭蕉
元禄二年(一六八九)旧暦三月上旬に江戸を立ち、奥羽・北陸をめぐり、八発下旬に大垣につく迄、約五か月、道程六百里に近い旅行の紀行である。
この句は、越後路から越中・金沢にいたる旅の途中で得た旅情を、金沢で一句に結晶させた七月十七日、北枝亭で発表されたものという
(小矢部市教育委員会設置の案内板から)
<参考資料> 砺波山 木下順庵
聞くならく 昔 源と平氏
雄を角(くら)べ 各 屈(※)強
白旗(はっき)は鷲が瀬に翻り
赤幟(し)は猿が場(ばば)に立つ
水兕(じ)甲兵勇なるも
火牛策最も良し
越山の一奇捷
宇内(うだい)に芬芳(ふんぽう)を播(し)く
砺波山有詩併付 富田景周
火牛の余焰嶽楓丹く、積骨の旧渓胆をして寒から使(し)む。
一宇宙間神策を問はば、古今唯是れ両田単(でんたん)。
漢学者、木下順庵は京都に生まれ、長じて藤原惺窩の門、松永尺五に学び、識見該博、節義の人にして、万治三年(一六六〇)加賀藩前田綱紀に聘され侍講となる。
天和二年(一六八二)五代将軍綱吉に召されて幕府の儒官となる。特に子弟の教育につとめ、中でも新井白石・室鳩巣等の人材を輩出した。その教育は、孝悌を根本とする儒教道徳の実践であったという。表記の詩は加賀藩の文学史・学者文人の伝をまとめた書「燕台風雅」富田景周著によるものである。
今茲に先覚の詩を刻し、所懐を賦して副え後世に伝えるものである。
(小矢部市教育委員会設置の案内板から)
<参考資料> 万葉集 巻十九 砺波山 ほととぎす(霍公鳥)の詩
天平勝宝二年(七五〇)四月三日 越中守大伴家持が越前国の掾大伴池主に贈った歌である。
家持が天平一八年(七四六)越中の国守として赴任したとき、池主は既に越中の掾(判官)として任にあり、新任の家持を補佐し親交があつかった。
その後、池主は越前の掾に転任となる。家茂は、池主が越中の掾であったときに、ともに、ほととぎすを愛でた懐旧の情に堪えず長歌一首と短歌二首に思いを述べた。
二上山をはじめ、峰々には霞がたなびき、谷辺には椿の花が咲きものがなしい春がづぎると、ほととぎすがしきりになく。
ひとりだけで聞くのも淋しいので、ほととぎすよ、砺波山をとびこえて池主のいる丹生(にう)の山辺にとんでいって鳴いてくて、と。
昭和五十六年七月六日、津幡町長、小矢部市長の揮毫により由緒の地に建立された。
(小矢部市教育委員会設置の案内板から)
| 倶利伽羅峠 平家本陣跡 | |
| 倶利伽羅峠・猿ヶ馬場 | 倶利伽羅峠・猿ヶ馬場 |
| 倶利伽羅峠・芭蕉塚 | 倶利伽羅峠・猿ヶ堂 |
<参考資料> 猿ヶ馬場
ここは、源平砺波山の合戦のとき、平家の総帥平維盛(これもり)が本陣を布いた跡で、今、ここに猿ヶ堂という小さな石の堂があります。それは古伝によると、天正年間、悪猿が出でて民家に災害を加えるため、これを退治し、紙に祀りその祈祷のためお堂を建てたのが猿ヶ堂です。むかし、峠へ登った馬がたくさんつながれていたところから猿ヶ馬場と名づけるようになりました。
(小矢部市・小矢部市観光協会設置の案内板から)
その昔、原というところにかしこい猿がいて、人間の真似をして幼児を熱い湯に入れ死なせた。猿は追れこの土地に住み旅人などに悪さを重ね殺されました。元の飼い主が弔いのお堂を建てたと云う。
<参考資料> 芭蕉塚(ばせをつか)
俳聖松尾芭蕉がはるばる奥の細道を弟子の曽良(そら)と共にこの地を通ったのは元禄二年七月十五日の朝でした。
芭蕉翁
義仲の 寝覚めの山か 月かなし
擬見風所造碑
金城馬佛謹建之
この句は芭蕉が朝日将軍とうたわれた木曽義仲の末路を涙して詠んだ句で津幡の俳人河合見風が宝暦時代に義仲ゆかりの地、ここ猿ヶ馬場に往時を偲んで建立したものを後に至り金城馬佛が再建したものであります。
この句は越前燧ヶ城跡で詠んだものであり、又、諸国翁墳記には、この句碑を寝覚塚と記されております。
| 源平砺波山合戦 源氏軍配置図 (案内板から) |
<参考資料> 砺波山源平古戦場
| 角に松明を付けた火牛 |
埴生護国八幡宮に戦勝祈願の願文を捧げ、火牛の奇計を練り、五月十一日夜半、四万余騎にて一斉攻撃を開始。根井・巴両党は松永より、今井党は平家の本陣猿ヶ馬場正面の日の宮林より、余田等は天田峠より、樋口党は北黒坂から迂回して竹橋より、法螺貝を吹き、太鼓を鳴らし、闇の声を挙げながら、角に松明を燃やした四、五百頭の「火牛」を放って突撃。
長途の行軍にまどろんでいた平家は、あわてふためき右往左往。将兵は軍馬もとろもに地獄谷に馳せこみ落ちて、相重なって谷を埋め、その数一万八千騎、と源平盛衰記は伝えている。(案内板から)
<参考資料> 倶利伽羅古道(こどう)とは
| 倶利伽羅古道案内図 |
そのひとつである倶利伽羅越えのみちの支線「倶利伽羅古道」は、古くから開かれていたと考えられる旧北陸道に通じる間道であり、地元では「穴田道(あなだみち)」とも呼ばれている。この古道は昭和初期まで富山県~石川県往来の道として利用されてきたが、交通手段の発展にともない利用されることはなくなった。
平安時代末期の寿永2年(1183)の倶利伽羅峠の合戦当時、木曾義仲軍は攻め手を6隊に分けて戦ったが、その一隊である義仲四天王の一人 根井小弥太(ねのいのこやた)の軍路が当古道であったと考えられている。古道からは倶利伽羅合戦における「火牛の計」により、1万8千余騎が追い落とされた地獄谷が見渡せる、そのほか、古道に至る道沿いにも巴塚・葵塚、道祖神などの見どころが多く、歴史ロマンに触れながら散策を楽しむことができる。
(中部北陸自然歩道 小矢部市設置の案内板から)
| 倶利伽羅峠 周辺旧跡 | |
| 倶利伽羅峠・源平供養塔 | 倶利伽羅峠・為盛塚 |
| 倶利伽羅峠・飯尾宗祇碑 | 倶利伽羅峠・蟹谷次郎由来之地碑 |
<参考資料> 為盛塚
為盛は、池の大納言平頼盛の子として生まれ、寿永2年(1183)砺波山の源平合戦に平家の総帥平維盛の部将として出陣、5月11日源氏の夜襲に敗れ、加賀国に逃れ翌12日未明、手兵50騎をひきいて源氏に逆襲したが義仲の部将樋口兼光に首をはねられた。この塚が、勇敢な部将為盛を弔うたもので墓は地、水、火、風、空、を表す五輪の塔で高さ1.6m鎌倉時代の建設である。市は昭和44年9月20日この史跡を文化財に指定した。
(小矢部市教育委員会設置の案内板から)
<参考資料> 源氏太鼓由来記
寿永二年(一一八三)信州の国、木曾山中で兵を挙げた源義仲は、北陸道を経て京都へ進軍、これを阻止しようと十万の兵を率いて京都から進攻した平維盛の軍と、倶利伽羅山で対戦をした。越中国武士団の宮崎・入善の両氏をはじめ強党の石黒氏・野尻氏・河上氏等々の武士団は馳せ参じた。民情地状に明るい蟹谷次郎、その他の武士の先導により夜戦の展開となり義仲軍は大勝利を得た。
「源平盛衰記」
一手は、根井小矢弥太を大将として二千余騎、越中国住人、蟹谷次郎を案内者に付けられて、鷲島を打廻り、松永の西のはづれ、小耳入を通って鷲尾へ打上り、弥勒山を引廻す。
尚、この天下分け目の倶利伽羅合戦に、越中の郷将、石黒太郎光弘・福満五郎・千石太郎真高・向田二郎村高・水巻四郎安高・同小太郎安経・加茂島七郎・池田次郎忠康等々は、義仲軍に従って大活躍したという。ここに源軍は未曽有の大勝を博し、先陣を承った郷土の蟹谷次郎は、酒宴を張って戦勝を祝った。兵士たちは、歓喜勇躍、乱舞しながら競って太鼓を打ち鳴らした。合戦が終って蟹谷次郎は郷土の地、下後丞に定着して地方の開拓に従事し、八講布の晒し技術等を農民に伝えたという。
その後、この勝鬨太鼓は、源氏太鼓として伝承され、毎年氏神の神明宮に奉納し、祖先に感謝を捧げ、五穀豊穣、順風慈雨を祈った。
(小矢部市教育委員会設置の案内板から)
<参考資料>
もる月にあくるや関のとなみ山 宗祇
飯尾宗祇
庵号、種玉庵・自然斎・見外斎
分亀二年(一五〇二)七月三十日没、八十二歳
宗祇は、年若くして状況、僧坊で仏道修行を続け、三十歳をすぎて、和歌・連歌の道に入り刻苦勉励、人に倍する努力をつづけ、室町時代最大の連歌の巨匠として上下の人びとから尊敬された。
越後の上杉氏とは、夙に懇意で九度にも及ぶ訪問を行い、その途次、数回にわたり蓮沼城に遊佐加賀守長滋(ながしげ)をたずね、連歌の会をもよおした。
宗祇連歌集
老葉(わくらば) 第十発句
遊佐新右衛門許にて長月ばかり千句侍りしに月を
もる月にあくるや関のとなみ山
当時は、岩瀬・放生津・蓮沼へと、そこで小矢部川を渡り、倶利伽羅峠へでたという。
(小矢部市教育委員会設置の案内板から)
<参考資料> 倶利伽羅山の花咲かじいさん
石川富山県境の倶利伽羅山に、十九年間にわたって八重桜の苗木約七千本を植え続け今では桜の名所”加越の吉野山”と言われる観光地とした”昭和の花咲かじいさん”高木勝巳翁(平成二年七月二十三日没八十五歳)の功績をたたえ、ここに感謝をこめ由来板を建てる
富山県大島町に在住していた翁は、昭和九年トラックを運転して倶利伽羅山の天田峠の谷底に車もろとも転落し奇跡的に一命を取り留めた。不動明王が枕元に現れ「倶利伽羅山が荒れ果てている」とのお告げを受け、ご加護で命拾いをしたとして、昭和三十四年から毎年五百本の桜を自費で妻と共に植え続けた。
その後は小矢部市と津幡町に引き継がれ、毎年商工会主催の”八重桜まつり”が催され不動寺、倶利伽羅古戦場、源平ラインにかけて咲き誇り、大勢の観光客を楽しませている。
高木翁の遺句
若桜 来る年ごとに 背をくらべ 勝巳
(津幡・小矢部ライオンズクラブ、両商工会設置の案内板から)
| 道の駅倶利伽羅 源平の郷(石川県河北郡津幡町) | |
| 道の駅では津幡町大河ドラマ誘致推進キャラクターがお出迎え | |
倶利伽羅峠を越え、途中にある倶利伽羅不動尊を左手に見ながら坂を下ると、竹橋方面と天田峠方面との分岐に到着。何れも源平合戦の際には、源氏軍が峠上に布陣する平家軍目指して押し寄せたルートですが、今回は竹橋方面へ左折。合流する県道286号線を通り「道の駅倶利伽羅 源平の郷」へと向かいました。
「道の駅倶利伽羅 源平の郷」は、津幡町が整備した地域振興施設・休憩広場と、国土交通省が整備した情報棟・休憩棟からなり、情報棟には倶利伽羅の戦さに関わる資料なども展示されています。富山県側からは倶利伽羅越え いにしえの街道めぐりの終点とし、また石川県側からは峠越えの始点として、利用してみてはいかがでしょうか。
<参考資料>道の駅倶利伽羅 源平の郷
道の駅:道の駅「倶利伽羅 源平の郷」は津幡町の申請に基づき、国土交通省道路局長により「道の駅」に登録されたものです(平成16年8月9日)。<以下略>
津幡町の紹介:津幡町は、石川県のほぼ中央に位置し、面積約110平方キロメートル、人口約3万6千人の町です。町の中央には本州一広い石川県森林公園、西南部には日本海側最大級の規模を誇る石川県津幡漕艇競技場や、毎年7月下旬から8月中旬にかけて約22000本、一面のヒマワリで埋め尽くされるひまわり村で有名な河北潟が広がっています。
歴史国道とは:「歴史国道」整備事業とは、歴史上重要な幹線道路として利用され、国として特に重要な歴史的・文化的価値を有する道路を大将に、保存、復元、活用を図り、あわせて地域からの情報発信を行うことにより、地域づくりと活性化、ふれあいの魅力的な空間づくり、歴史・文化の継承などを目的に実施される事業です。
「北陸道 倶利伽羅峠」は、源平合戦の「火牛の計」に関わる史跡や加賀藩の参勤交代のための往還道など、歴史的・文化的価値が評価され、富山県小矢部市桜町~石川県河北郡津幡町竹橋までの延長12.8キロメートルが平成7年6月に歴史国道として認定されました。 (案内板から)
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実りの秋をむかえた伊那谷の風景。
(写真:駒ヶ根市中沢菅沼の夕陽の丘から=18日撮影、640×480拡大可能)
中央アルプス・純白の結婚式 参加カップル募集
駒ヶ根観光協会では、平成26年2月1日に中央アルプス千畳敷で行われる「第12回純白の結婚式」に参加するカップル2組を募集しています。締切は平成25年9月30日まで。詳細は駒ヶ根観光協会(
http://www.kankou-komagane.com/ )ホームページをご覧ください。
第7回中央アルプス山麓美酒フェスタ2013
中央アルプス山麓の銘酒が勢揃いするイベント「中央アルプス山麓美酒フェスタ2013」(
駒ヶ根市ホームページ )が、10月4日と5日の2日間、駒ヶ根市で開催されます。4日は市内銀座通りの商店街特設会場で午後6時から。グラス付きチケットは前売りで1500円、当日は1800円。5日は駒ヶ根高原の南信州ビール味わい工房で、工房のシェフが参加酒造会社の酒に合う料理を提供。午後6時30分からで、料金は5000円。定員50名の完全予約制。
今週のできごと
14日(土)
・千両千両 井月(いげつ)さんまつり (伊那市・いなっせ、21日まで)
第22回信州伊那井月俳句大会 (15日・伊那市生涯学習センター)
井上井月顕彰会 >>> http://www.seigetsu.org/
企画展「千両千両・井月展」 (14日~2月27日・伊那市創造館)
講演会・シンポジウム「井月探求 新たな視点」 (20日・伊那市創造館)
井月関連作品展示 (14日~21日・いなっせ2F展示ギャラリー)
映画「ほかいびと」再上演 (14日~20日・伊那市旭座)
第1回千両千両 美酒合戦 (21日・いなっせ北側広場)
・旧木下家活用イベント「中沢の電気の歴史」 (駒ヶ根市中沢)
・第14回福祉ふれあいまつり (宮田村・村民会館)
・姫宮神社例大祭 (宮田村南割・姫宮神社)
・信州イルミネーションフェスティバルin与田切公園
「光のファンタジー2013」 (飯島町、10月13日まで)
15日(日)
・第1回中央アルプス西駒んボッカ大会 (伊那市)
中央アルプス将棊頭(しょうぎがしら)山にある西駒山荘の建て替えにあたり、伊那市の西駒こまくさ会が、石室整備に使うレンガ(1個2.5キロ)を人力で運びあげるトレイルラン形式の競技を開催。伊那市内鳩吹公園を出発し、桂小場登山口から西駒山荘を目指すもので、山荘と公園の標高差は、な、なんと1750m。山荘建て替えには費用も多くかかることから、競技に参加することで、長い歴史に一役担えることになるかも。
16日付信濃毎日新聞朝刊によれば、この西駒んボッカ大会には全国各地から121名の参加があり、優勝された方は、ナント!標高差1750mを1時間53分で走られたとのことです。
<参考HP>
・中央アルプス西駒んボッカ
http://2450bokka.web.fc2.com/
・大御食(おおみけ)神社例大祭 (駒ヶ根市)
獅子練りの行列は、午前9時35分に上赤須(年番)集会所で出発式。集会所・赤須ヶ丘タウン・自疆館周辺で約300人が行列を組む。獅子練りは午後5時から。境内への練り込み、獅子頭奉納は午後7時。
・第4回まっくん軽トラ市 (南箕輪村・大芝公園味工房駐車場)
・姫宮神社例大祭 (宮田村南割・姫宮神社)
・西原ぶどう園「ぶどう祭」 (中川村片桐、16日まで)
・諏訪大社上社十五夜祭奉納相撲 (諏訪市)
16日(月)
・台風18号県南を横断し伊那谷でも被害
伊那・箕輪・南箕輪で停電
辰野東小学校(辰野町平出)で屋根の一部が校庭に落下
17日(火)
<伊那谷遺産>”霞たなびく”自衛防衛 霞堤 (伊那市)
18日(水)
・JR東海がリニア中央新幹線の詳細ルート発表
19日(木)
・日本山岳写真協会南信支部・第19回写真展「貌 季節の中で」
(伊那市・県伊那文化会館、23日まで)
・~萬古不易~萬古清水酔月 作陶展
(伊那市・ベルシャイン伊那店、24日まで)
・地元作家を中心に 秋の洋画お買得展
(駒ヶ根市・ベルシャイン駒ヶ根店、24日まで)
20日(金)
・市制60周年記念事業・観光PRキャラクター募集締切 (駒ヶ根市)
駒ヶ根市(
駒ヶ根市ホームページ )が募集するゆるきゃら。16日付長野日報記事によれば、現在のところ県内外から60点余が寄せられているとのこと。募集の条件は、着ぐるみが作製できるデザイン(手足あり)、愛称・プロフィルを付けること、市制60周年の「60」の文字を入れないなど。ただ記事を読んで、意外にもこうしたキャラクターデザインへの応募が少ないなぁと感じたことでしょうか。ん…。
来週のできごと
21日(土)
・高遠ブックフェスティバル (伊那市高遠町、23日まで)
伊那市高遠町(
伊那市観光協会ホームページ )で開催される恒例イベント。古本市・街中に設置されている本棚30ヶ所をめぐる「街なかブックマルシェ」・製本ワークショップなど。駐車場は文化センター駐車場・河川敷駐車場を利用。
・県看護大学学園祭・「第18回鈴風祭」 (駒ヶ根市・長野県立看護大学)
・信州中川赤そば花まつり開会式 (中川村片桐田島、10月14日まで)
22日(日)
・鉾持神社・燈籠祭 (伊那市高遠町)
・県看護大学学園祭・「第18回鈴風祭」 (駒ヶ根市・長野県立看護大学)
23日(月)
・鉾持神社・燈籠祭 (伊那市高遠町)
・県看護大学学園祭・「第18回鈴風祭」 (駒ヶ根市・長野県立看護大学)
・大宮五十鈴神社例祭 (駒ヶ根市)
27日(金)
・VIVA日本酒祭 (諏訪市)
諏訪地方にある9軒の蔵元(高天・神渡・御湖鶴・舞姫・麗人・本金・横笛・真澄・ダイヤ菊)によるイベント。会場はホテル紅やで午後7時から開演。チケットはオリジナルお猪口付きで5000円。定員200名。
29日(日)
・第1回信州駒ヶ根ハーフマラソン (駒ヶ根市)
・障遣願舞(さんやりがんまい)うつ神楽公演 (中川村・アンフォルメル美術館)
10月5日(土)
・信州大芝公園イルミネーションフェスティバル (南箕輪村・大芝公園)
点灯時間は午後6時から午後10時まで。入場無料。10月26日まで開催。
・上諏訪街道 秋の呑み歩き (諏訪市)
諏訪市の国道沿いにある蔵元5軒によるイベント。パスポートは2000円。
10月12日(土)
・茅野市5000年尖石縄文まつり’13 (茅野市)
・八ヶ岳自然文化園クラフト市 (茅野市)
10月13日(日)
・茅野市5000年尖石縄文まつり’13 (茅野市)
・八ヶ岳自然文化園クラフト市 (茅野市)
10月14日(月)
・第7回秋のみはらしトレッキング (伊那市)
みはらしファーム >>> http://miharashi-farm.com/
・10月19日(土)
・飯田線歌声列車の旅
株式会社ワイプラザ伊那バス(伊那市)の企画。JR飯田線の伊那松島駅から天竜峡駅まで、貸切列車で往復する日帰りツアー。料金は大人・子ども乗車駅に関わらず1人4000円(乗車券・お弁当・歌集込み)。
10月26日(土)
・第14回八ヶ岳まるごと収穫祭
(諏訪郡原村・八ヶ岳中央農業実践大学校、10月27日まで)
アルプスがふたつ映えるまち 駒ヶ根市
YouTube に公開されている長野県駒ケ根市を紹介する映像(企画:駒ヶ根市総務部秘書広報課)。管理人が現在勤務する、中央アルプスと南アルプスを望む、風光明美な素敵な街の魅力がたっぷり詰まった作品です。
「今週のいなだに」では、この映像を毎回ブログに掲載し、駒ヶ根市を紹介したいと思います。ぜひ遊びに来てくださいね。
伊那の今はライブカメラで
伊那ケーブルテレビのホームページ( http://www.inacatv.co.jp/index.html )に、市内8カ所に設置したライブカメラの映像が提供されています。
駒ヶ根の今はライブカメラで
ケーブルテレビ「エコシティー・駒ケ岳」のホームページ( http://www.cek.co.jp/ )に、市内2カ所に設置したライブカメラの映像が提供されています。
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| 台風18号による降水状況 ( 日本気象協会 http://tenki.jp/ ) |
台風18号が伊那谷を通過して東北地方へ移動。
通過した後は天候も急速に回復しましたが、河川では水量も増して危険な状況とも。
収穫期を控えた農作物への影響も心配です。
今週のできごと
7日(土)
・熱響太鼓まつり2013 (伊那市西春近・伊那スキーリゾート)
・どろカップ2013in伊那 (伊那市下新田)
・西駒遭難100周年座談会 (伊那市・いなっせ)
・高遠城下まつり (伊那市高遠町)
・絵島法要 (伊那市高遠町・蓮華寺)
・どまつり信州駒ヶ根 おいでなんしょ祭 (駒ヶ根市)
・第6回狼煙リレー (上伊那・下伊那地方)
武田信玄が情報伝達手段として使った狼煙(のろし)のリレーが今年も9月7日に伊那谷各地を中継して行われます。6日付長野日報記事によれば、リレーは午前9時に下伊那郡根羽村・平谷村・阿智村の3カ所をスタート。上伊那郡は中川村(陣馬形山)・飯島町(岩間)・伊那市富県(高鳥谷山栂平)・伊那市東春近(原新田の一本松)・伊那市西春近(物見や城・西春近小学校・北小学校)・箕輪町(上の平城跡・古式部城跡)でリレーされるということです。
8日(日)
・天竜川ます釣り大会 (伊那市・三峰川と天竜川の合流地点)
・第29回ふれあい広場 (駒ヶ根市・駒ヶ根総合文化センター)
・第55回辰野美術展 (辰野町・辰野美術館、15日まで)
・第21回飯島町ふれあい広場 (飯島町・町文化館)
9日(月)
・高遠藩主内藤頼直奉納の具足を高遠長谷教育振興課に寄託 (伊那市・長野日報記事)
明治2年(1869)の版籍奉還の後、藩主内藤頼直は旧領地にある神社約100カ所に具足(甲冑)を奉納したと伝えられており、今回、伊那市高遠町藤沢の四日市場地区にある八幡神社に奉納された具足もそのなかのひとつ。神社氏子のみなさんにより、今回、伊那市教育委員会高遠長谷教育振興課に寄託されました。
10日(火)
・辰野スマートインターチェンジ設置に向けた概略設計に着手 (辰野町)
・伝統漁法・やな漁 (中川村・天の中川橋上流)
11日(水)
・昭和伊南総合病院建て替えへ (駒ヶ根市)
・飯島町でナシ「二十世紀」の出荷始まる (飯島町・JA上伊那果実選果所)
12日(木)
・日本画壇の民家の第一人者~尾身周三民家展
(駒ヶ根市・ベルシャイン駒ヶ根店、17日まで)
13日(金)
・第66回県書道展伊那地区展 (伊那市・県伊那文化会館)
・西原ぶどう園でぶどう狩り (中川村片桐、20日まで)
14日(土)
・千両千両 井月(いげつ)さんまつり (伊那市・いなっせ、21日まで)
第22回信州伊那井月俳句大会 (15日・伊那市生涯学習センター)
井上井月顕彰会 >>> http://www.seigetsu.org/
企画展「千両千両・井月展」 (14日~2月27日・伊那市創造館)
講演会・シンポジウム「井月探求 新たな視点」 (20日・伊那市創造館)
井月関連作品展示 (14日~21日・いなっせ2F展示ギャラリー)
映画「ほかいびと」再上演 (14日~20日・伊那市旭座)
第1回千両千両 美酒合戦 (21日・いなっせ北側広場)
・旧木下家活用イベント「中沢の電気の歴史」 (駒ヶ根市中沢)
15日(日)
・第1回中央アルプス西駒んボッカ大会 (伊那市)
中央アルプス将棊頭(しょうぎがしら)山にある西駒山荘の建て替えにあたり、伊那市の西駒こまくさ会が、石室整備に使うレンガを人力で運びあげるトレイルラン形式の競技を開催。伊那市内鳩吹公園を出発し、桂小場登山口から西駒山荘を目指すもので、山荘と公園の標高差は、な、なんと1750m。山荘建て替えには費用も多くかかることから、競技に参加することで、長い歴史に一役担えることになるかも。
16日付信濃毎日新聞朝刊によれば、この西駒んボッカ大会には全国各地から121名の参加があり、優勝された方は、ナント!標高差1750mを1時間53分で走られたとのことです。
<参考HP>
・中央アルプス西駒んボッカ
http://2450bokka.web.fc2.com/
・スポーツエントリー
http://www.sportsentry.ne.jp/event/t/37150
・大御食(おおみけ)神社例大祭 (駒ヶ根市)
獅子練りの行列は、午前9時35分に上赤須(年番)集会所で出発式。集会所・赤須ヶ丘タウン・自疆館周辺で約300人が行列を組む。獅子練りは午後5時から。境内への練り込み、獅子頭奉納は午後7時を予定。
・第4回まっくん軽トラ市 (南箕輪村・大芝公園味工房駐車場)
・西原ぶどう園「ぶどう祭」 (中川村片桐、16日まで)
・諏訪大社上社十五夜祭奉納相撲 (諏訪市)
来週のできごと
21日(土)
・信州赤そば花まつり (中川村片桐)
YouTube に公開されている長野県駒ケ根市を紹介する映像(企画:駒ヶ根市総務部秘書広報課)。管理人が現在勤務する、中央アルプスと南アルプスを望む、風光明美な素敵な街の魅力がたっぷり詰まった作品です。
「今週のいなだに」では、この映像を毎回ブログに掲載し、駒ヶ根市を紹介したいと思います。ぜひ遊びに来てくださいね。
伊那ケーブルテレビのホームページ( http://www.inacatv.co.jp/index.html )に、市内8カ所に設置したライブカメラの映像が提供されています。
ケーブルテレビ「エコシティー・駒ケ岳」のホームページ( http://www.cek.co.jp/ )に、市内2カ所に設置したライブカメラの映像が提供されています。
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伊那市西春近諏訪形と上伊那郡宮田村境近くの山沿いにある猪垣(地図)。
平成6年1月に伊那市史跡に指定。
(写真:復元された猪垣=7日撮影、640×480拡大可能)
<参考資料> 諏訪形の猪垣跡
伊那市西山三六には、猿、ハクビシンなどによる農作物の被害が多く見受けられるが、過去には猪や鹿による被害が多く、農村ではその対策として猪垣を構築した。
この諏訪形の猪垣は、構築された年は不明だが藤沢川から大田切川に至る標高七〇〇メートルの地域に猪避けのために作られたものの一部である。かなり大がかりな作業によって築かれはしたが、時の経過によって損傷が生じるのでしばしば修理が行われたようで、寛保元年(一七四一)と文化五年(一八〇八)には宮田と共同して再普請が行われたことなどが古文書に記されている。そのうち文化五年諏訪形の発案で宮田三カ村 中越 下牧 表木 赤木村と共同で代官に願い出て、行った再普請は大規模なもので、全体で延べ七二〇〇人余、諏訪形だけでも延べ二六〇〇人余の人足が出て修理が行われたとある。この猪垣は、私たちの先人たちが自然災害、特に動物たちからの災害を防ごうと堅固な施設を作り、農作物を保護するために如何に闘い続けて来たかをうかがわせる貴重な遺構である。尚、このような猪垣は、西山山麓に多く構築されたものと思われ、各所にその形跡が認められる。
猪垣の歴史
私たちの先人が農作物を守るため、構築した猪垣の年代は定かではないが元禄前とも言われている。猪垣の出来る前は焚火、添水、小屋番、板叩き、木柵、等で被害を防いでいた。
諏訪形の猪垣は寛保元年(一七四一)今から二五一年前宮田と共同して修理をした記録がある、修理前の構築については現在のところ古文書がないので不明である。
その後、文化五年(一八〇八)今から一八三年前、諏訪形の発案で、北割・南割・新田と協議し、なお中越・下牧・表木・赤木の同意を得て八ヶ村連名で郡代、代官に願出している。それが許可になり諏訪形分は藤沢川~大樋(北割界)まで一八町二六間(約二km)で、その人足一一、六六一人とある。その後度々修理をしたようだか現在の猪垣は当時のもののようである。
| 猪垣復元想像図 |
<参考資料> 猪垣改修事業
改修の経緯
諏訪形の猪垣は、平成六年に伊那市教育委員会により「猪垣跡」として市史跡に指定され、平成七年諏訪形区の協力により復元された。
以後長い歳月の中で構造物の劣化が進み、住民の間で再構築の願いが高まってきた。折しも平成二十年度から西春近地域で取り組んでいる農林水産省補助事業「農地・水・環境保全工場対策事業」により、先人が農地を農業を野生動物から守ろうと築いた歴史ある伝統的施設を次世代に残そうと、この改修工事を実施し、ここに完成をみた。
猪垣の構造
平成七年に構築された猪垣は、乱杭と呼ばれる直径約十五センチメートルの丸太を三十センチメートル感覚に埋設してあった。
本事業では、今後の維持管理もふまえ一メートル間隔に主杭となる「プラスチック擬木」を打ち込んだ、
古文書にある横木を取り付け、主杭の間に約二十センチメートル間隔に大小様々な間伐材を利用し縦木として不規則に配置した。そして猪垣の長さは既存の十メートルから四十メートルに延長改修した。
(西春近の環境をよくする会・諏訪形区猪垣改修委員会設置の案内板から)
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