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管理人の思いつくまま、気の向くまま、長野県内の町や村の話題を取り上げています。
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151016_1508_諏訪圏工業メッセ2015(諏訪市)

訪れた諏訪圏工業メッセの会場に、来年開催される御柱祭( Wikipedia )をPRするコーナーが設けられていました。案内によれば、

<山出し>
上社:平成28年4月2日(土)~4日(月)
下社:平成28年4月8日(金)~10日(日)
<里曳き>
上社:平成28年5月3日(火)~5日(木)
下社:平成28年5月14日(土)~16日(月)

とのこと。管理人が勤務する営業所は上社の領域で、社員の多くが諏訪市や茅野市の出身。地域毎に作成される法被を着て、祭りの最中は行ったり来たりの大忙しなのだそうですが、いや、まてよ、大型連休と重なる「里曳き」はともかく、「山出し」が行われる4日は平日。この日は出勤するのだろうか、と聞いてみたところ、
「それはありません」
と即答。この地域では、御柱祭のメインイベントともいうべき「山出し」や「里引き」の最中は、ほとんどの企業が休みであったり、開店休業状態になるのは当たり前で、飲食店を除けば、そもそもお客さんも地域の役を担っているので忙しくて来れないのだそうです。
話を聞いて、4月4日の当社の営業所はどうなるのだろう…と思いましたが、「御柱祭」は7年に一度の地域の大イベント。ここであ~でも、こ~でも行ったところで始まるのものではありません。代わりに「留守番はまかしとけっ~」と、御柱祭に参加する社員に気合いを入れた管理人なのでありました。
(写真:諏訪圏工業メッセ2015の会場にて=16日午後撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 信州諏訪 御柱祭
  平成二十八年申年「諏訪大社式年造営御柱大祭」
  http://www.onbashira.jp/

今週のできごと
※ここでは先週の金曜日から今週木曜日までの諏訪周辺のできごとを掲載
16日(金)
<御柱祭>諏訪市統一法被お披露目
大人用は4300円也。管理人ひろさくも欲しくなりました。
・諏訪大社上社本宮の建物10棟が国重要文化財へ
追加対象になるのは、布橋や勅願殿などの10棟。
17日(土)
<紅葉めぐり>色づく横谷渓峡(茅野市・長野日報)
・諏訪圏工業メッセ2015・最終日
 (諏訪市・諏訪湖イベントホール)
・鮨鮒(すしぶな)祭り
 (諏訪市・諏訪湖漁協本所)
14日付長野日報によれば、「鮨鮒」の歴史は古く、江戸時代には徳川幕府にも献上されたという記録が残るとか。漁協がフナの消費拡大を目指してこれを復活・商品化したそうで、祭りは今年で6回目ということです。
・第2回縄文ふるさと大使シンポジウム
 (茅野市・市民館コンサートホール)
・秋の収穫祭
 (原村・たてしな自由農園原村店)
・長野県野菜花き試験場一般公開
 (塩尻市宗賀・県野菜花き試験場)
18日(日)
<御柱祭>「秋宮一」曳行用わら1500束を確保
・八ヶ岳背に赤そば見頃
 (茅野市・蓼科中央高原・長野日報)
・2015岡谷市民健康づくりのつどい(岡谷市)
・ふれあい市場まつり(諏訪市・公設卸売市場)
・秋の全市一斉清掃(諏訪市・湖畔公園)
・諏訪湖周クリーンセンター見学会(諏訪市)
・フォークデュオ「古井戸」復活コンサート
 (諏訪市・諏訪市文化センター)
・秋の収穫祭
 (原村・たてしな自由農園原村店)
・高原の縄文王国収穫祭
 (富士見町・井戸尻史跡公園)
・第29回行者そば祭り
 (伊那市・内の萱スポーツ公園)
19日(月)
・諏訪東京理科大学公立化へ県に要望書提出
・「たてしな大根」生産50周年記念式典
 (茅野市・マリオローヤル会館)
・第86回諏訪大社奉献菊花大会(下諏訪町)
・高浜で新温泉井堀削起工式(下諏訪町)
20日(火)
・平安堂茅野店11月1日に閉店
 (茅野市・長野日報)
21日(水)
<管理人>長野に出張
22日(木)
<御柱祭>環境衛生など協力要請
・水面も秋色
 (茅野市奥蓼科・御射鹿池、長野日報)

来週以降のできごと
24日(土)
・岡谷マンドリンクラブ第56回定期演奏会
 (岡谷市・県男女共同参画センター)
・高原の都市 エコフェスタ2015
 (茅野市・市市民館)
・諏訪交響楽団90年の歩み展
 (下諏訪町・諏訪湖博物館・赤彦記念館)
・としょかんまつり2015(下諏訪町・町立図書館)
・晩秋の夜の観察会
 (原村・八ヶ岳自然文化園)
・第3回信州塩尻そば切り物語り
 (塩尻市・平出遺跡公園)
・第4回信州伊那「新そばまつり」
 (伊那市・はびろ農業公園みはらしファーム)
25日(日)
・第27回諏訪湖マラソン
 (諏訪市・諏訪湖ヨットハーバー発着)
・わんわん仮装パレード&バーベキュー
 (茅野市蓼科高原・リゾートホテル蓼科)
・としょかんまつり2015(下諏訪町・町立図書館)
・第3回信州塩尻そば切り物語り
 (塩尻市・平出遺跡公園)
・第4回信州伊那「新そばまつり」
 (伊那市・はびろ農業公園みはらしファーム)
27日(火)
・第6回岡谷まち歩き古本市
 (岡谷市・中心市街地10会場、11月3日まで)
31日(土)
・山麓一の麺街道フェスタ2015 in 伊那
 (伊那市高遠町・高遠城址公園)
11月1日(日)
・新日本フィルハーモニー交響楽団
 (岡谷市・カノラホール)
・山麓一の麺街道フェスタ2015 in 伊那
 (伊那市高遠町・高遠城址公園)
3日(火)
・秋は実りのみはらしまつり
 (伊那市・はびろ農業公園みはらしファーム)
8日(土)
・第37回下諏訪町町民ゴルフ大会
9日(日)
・第9回縄文の里演歌フェスティバル
 (茅野市・市民館マルチホール)
14日(金)
・西春近新そば&きのこ祭り
 (伊那市・伊那スキーリゾート)

我が家のできごと
20日(火)
次に転院する病院の担当者が来訪。管理人の母親(伯父からすると妹)が対応し、伯父の転院・入居は25日、手続きは午後、施設にて行うことで了承。
21日(水)
オヤジをショートスティへ。
22日(木)
常用薬を入れ忘れたため、オヤジのショートへ。
その後、伯父が入院する長野市内の病院を訪問。
最近、介護の話題ばかり…。


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151016_1352_諏訪圏工業メッセ2015(諏訪市) 151016_1420_諏訪圏工業メッセ2015(諏訪市)
151016_1358_w_諏訪圏工業メッセ2015(諏訪市)
151016_1450_w_諏訪圏工業メッセ2015(諏訪市)
諏訪圏工業メッセ2015

15日から17日までの3日間、諏訪市の諏訪湖イベントホール(旧東洋バルブ諏訪工場跡地)で、今年で14回目となる「諏訪圏工業メッセ2015」が開催されました。
今年のメッセには県内外から403企業・団体が出展。来場者は3日間の合計で27000人を超え、出展及び来場者ともに過去最大規模となりました。
(写真:諏訪圏工業メッセ2015の様子=16日午後撮影、640×480・パノラマは640×166拡大可能)

<管理人ひとこと>
工業メッセと聞けば、企業が開発した製品の展示会、を連想させるところですが、諏訪のメッセは製品に値札を付けて販売するものとは異なり、そうした製品に組み込まるパーツそのものが展示の主体となっているということです。「ものづくり」を掲げる諏訪ならではの工業専門展示会といえるでしょう。
最近は土曜日などにアトラクションの時間を設け、家族連れなどがより工業に親しんでもらえるような試みも行われていますが、「諏訪ブランド」と称される、地域の企業が独自の技術を駆使し加工した部品ひとつひとつの評価の場であることに変わりありません。
ただ、会場をめぐりながら感じたのはまだまだ控えめであったことでした。競合他社が一堂に会する展示会では、どれだけ自社のブースに来場者を引き込めるかがポイント。他社に負けない自社の”強み”を、同じ土俵のなかでどのように売り込むか、その手法や工夫がもっと必要かなぁ…と感じました。

役立つ雑誌「ひとわざ(一技)」
会場では、受付で配布されていた「ひとわざ(一技)」というPR雑誌が大変役に立ちました。就活などで配られる企業ガイドとは違い、出展企業がどんな分野に”強み”があるのかより詳しく記されており、企業ガイドよりも更に一歩踏み込んでいるのが、この雑誌の大きな特長。超精密加工の集積地といわれる諏訪の企業が、今後、どの分野に進んでいくのかを知る手掛かりにもなる一冊でした。

<参考HP>
・ 諏訪圏工業メッセ
  http://suwamesse.jp/





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151012_1327_色付く高島公園(諏訪市)

高島公園の紅葉も色付いてきました。
(写真:色付く高島公園=12日午後撮影、640×480拡大可能)

emoji 諏訪圏工業メッセ2015 開催
15日から17日までの3日間、諏訪市の諏訪湖イベントホール(旧東洋バルブ諏訪工場跡地)を会場に、今年で14回目となる「諏訪圏工業メッセ2015」が開催されました。今回は過去最高となる403社・団体が出展し、それぞれのブースでは、自社がこれまで研究してきた技術や成果を、担当者が訪れた人たちへ熱心に説明する姿が見られました。
管理人ひろさくも今回初めてメッセに出かけてみましたが、規模の大きさもさることながら、諏訪の製造業もなかなかたいしたものだなぁ…と感じたのでありました。

151016_1358_w_諏訪圏工業メッセ2015(諏訪市)
諏訪圏工業メッセ2015の会場
(16日午後撮影)

今週のできごと

※ここでは先週の金曜日から今週木曜日までの諏訪周辺のできごとを掲載
9日(金)
・秋の収穫セール
 (諏訪市豊田・グリーンファームすわ)
10日(土)
<御柱祭>山出し曳航路の危険箇所確認
 (下諏訪町・下諏訪町御柱祭実行委員会)
・おかやフェスタ(岡谷市)
・岡谷エコフェスティバル(岡谷市)
・おかぽんガラガラ大抽選会(岡谷市)
・企画展
 「諏訪の工匠・立川一門~社寺建築と山車建築」
 (諏訪市・市博物館、1月11日まで)
・第35回諏訪市こどもまつり
 (諏訪市・市文化センターほか)
・秋の収穫セール
 (諏訪市豊田・グリーンファームすわ)
・茅野市5000年・尖石縄文まつり
 (茅野市豊平・尖石縄文考古館)
・廻り舞台 秋の会
 (茅野市泉野・槻木の舞台)
・北欧音楽祭すわ2015
 (下諏訪町・町総合文化センター)
・ROBOCON(ロボコン) in 信州
 (下諏訪町・下諏訪体育館)
・第78回赤彦祭(富士見町・富士見公園)
11日(日)
・屋外レストラン「並木deマルシェ」(諏訪市)
・茅野市5000年・尖石縄文まつり
 (茅野市豊平・尖石縄文考古館)
・北欧音楽祭すわ2015
 (下諏訪町・町総合文化センター)
12日(月)
・第67回市スポーツ祭(諏訪市)
・第37回市民スポーツ祭り(茅野市)
・北欧音楽祭すわ2015
 (下諏訪町・町総合文化センター)
<管理人>県史跡・桑原城址へ
13日(火)
・諏訪湖畔かりん並木でマルメロ収穫
 (諏訪市・湖畔通り)
14日(水)
・岡谷市民病院 外来診療開始(岡谷市)
・大相撲秋巡業 松本場所(松本市)
・「日本一短い祭り」(塩尻市・塩嶺御野立公園)
15日(木)
・諏訪圏工業メッセ2015(HP
 (諏訪市・諏訪湖イベントホール、17日まで)

来週以降のできごと
17日(土)
・鮨鮒(すしぶな)祭り
 (諏訪市・諏訪湖漁協本所)
14日付長野日報によれば、「鮨鮒」の歴史は古く、江戸時代には徳川幕府にも献上されたという記録が残るとか。漁協がフナの消費拡大を目指してこれを復活・商品化したそうで、祭りは今年で6回目ということです。
・長野県野菜花き試験場一般公開
 (塩尻市宗賀・県野菜花き試験場)
18日(日)
・2015岡谷市民健康づくりのつどい(岡谷市)
・ふれあい市場まつり(諏訪市・公設卸売市場)
・秋の全市一斉清掃(諏訪市・湖畔公園)
・諏訪湖周クリーンセンター見学会(諏訪市)
・フォークデュオ「古井戸」復活コンサート
 (諏訪市・諏訪市文化センター)
25日(日)
・わんわん仮装パレード&バーベキュー
 (茅野市蓼科高原・リゾートホテル蓼科)
11月8日(土)
・第37回下諏訪町町民ゴルフ大会
9日(日)
・第9回縄文の里演歌フェスティバル
 (茅野市・市民館マルチホール)

我が家のできごと
8日(木)
伯父が転院した病院から、現状の容態から判断して、軽度の施設でも十分対応可能との連絡があり、北信地方にある関連の介護施設への転院が決定。
11日(日)
今回転院した病院の入院手続き完了。説明によれば、痴呆はあるものの、本人は車イスを使えば自力で動き回ることができるため、重度の患者を収容するこの施設では本人も気の毒…という観点から今回の決定になったとのことでした。こちらも、伯父は全く動けないものと思っていただけにビックリ。次の施設へは、施設専用の車両にて荷物も含め搬送するため、家族の同行はなくても良く、入居(老人健康施設または特別養護老人ホームの何れか)手続きは、その後の都合の良い時に施設で行ってほしいとのことでした。
重度の待機者が大勢いるなかで、やや元気な伯父をこのまま預かってもらうわけにはいかないため、再々度の転院するというこの提案を承諾。入居手続きは24日(土)に行うこととしました。
14日(水)
転院先の担当者から電話があり、20日(火)に管理人・ひろさく宅を訪問するとのこと。当日は勤務中につき、代わって管理人の母親(伯父からすると妹)が対応することで了解を得る。面談は伯父の状況等の確認で、概ね30分程度を予定しているとのこと。
15日(木)
オヤジを担当するケアマネから電話。冬期間、老人健康保険施設(老健)への入居ができるように手配を進めているが、なかなか空きがなく難航しているとのこと。そこで、来年1月以降は、月2回のやや長めのショートステイ(A施設)の間に、特別養護老人ホーム(特老)を併設している施設のショート(B施設)の利用を組み入れ、将来的に入居が想定される特老(B施設)への準備をしてはどうか…という案が提示されました。
なるほど、これなら家族の負担は少なくて済むかも…と最初は思いました。しかし、不慣れな環境のなかを、こんなに行ったり来たりしていたら、オヤジのほうもバテてしまうかもしれません。実際、ショートから戻ったその日から翌日まで、ほとんど爆睡状態。外見を見ているだけでは気付きませんが、本人はそれなりに気疲れがあると思うのです。
そこで、現在進めている介護2から介護3への変更申請が完了してから、この案を検討しませんかと伝えることにしたのでありました。早め早めの対応と、介護する家族への配慮には大変感謝するところですが、今の状況を見る限り、ややハードルが高い提案かもしれません。

最近、介護の話題ばかり…になりました。


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151012_1421_桑原城址・本丸跡(諏訪市)

151012_1423_桑原城址・案内図(諏訪市)
桑原城址案内図
諏訪市四賀桑原(地図)にある戦国時代の山城( Wikipedia )。
天文11年(1542)7月、武田晴信(のちの信玄)の諏訪侵攻を受け、武田軍と対峙していた諏訪頼重でしたが、武田軍に呼応した高遠頼継が杖突峠を越え諏訪へ攻め込んだことから、居城の上原城を焼き、後退した桑原城にて武田・高遠連合軍を迎え撃つ( Wikipedia )ものの、多勢に無勢。味方の逃亡もあり、武田方からの和睦を受け入れ桑原城を開城、頼重は甲府へ護送されます。
しかし、幽閉されていた東光寺(山梨県甲府市)にて、弟の大祝頼高とともに自刃。頼重が最後まで抵抗したこの城は、諏訪惣領家最後の舞台となりました。
(写真:諏訪惣領家の最後の舞台となった桑原城址=12日午後撮影、640×480拡大可能)


桑原城址 
151012_1456_桑原城址・普門寺登り口(諏訪市) 151012_1410_桑原城址(諏訪市)
普門寺登り口 整備された遊歩道
151012_1413_桑原城址(諏訪市) 151012_1415_桑原城址(諏訪市)
車両はここまで 普門寺口と桑原口の分岐
151012_1417_桑原城址(諏訪市) 151012_1419_桑原城址・東曲輪跡(諏訪市)
途中にある空濠 本丸下の東曲輪
151012_1444_桑原城址・二の丸跡から本丸跡を望む(諏訪市) 151012_1423_桑原城址・井戸跡(諏訪市)
二の丸から見た本丸 本丸に残る井戸跡
151012_1429_w_桑原城址・本丸跡(諏訪市)
本丸全景
151012_1436_桑原城址・本丸跡のサクラ(諏訪市) 151012_1427_桑原城址・二の丸跡(諏訪市)
本丸にあるサクラの木 本丸から見た二の丸
151012_1426_桑原城址・本丸跡から上原城跡を望む(諏訪市) 151012_1441_桑原城址・二の丸跡から望む諏訪湖(諏訪市)
城址から望む上原城跡(左)と諏訪湖(右)

<参考資料> 武田信玄の諏訪攻めと桑原城
桑原城は、戦国時代の山城であり、諏訪惣領家の本拠である上原城(茅野市)の支城の役割を担った重要な場所でした。
天文四年(一五三五)には惣領家の諏訪頼満と甲斐国守護の武田信虎が諏訪社の宝鈴を鳴らして和睦、信虎の娘禰々が頼満の孫頼重に輿入れし、諏訪・武田両家は同盟関係を結んでいました。その関係が崩れたのは、惣領を継いだ諏訪頼重が天文一〇年(一五四一)に関東管領上杉憲政と単独で講和を結んだことに対する報復か、翌一一年(一五四二)、父信虎を追放した武田晴信(にちの信玄)が諏訪に攻め入ったことによります。
上社神長の記録「守矢頼真書留」によれば、そのころ諏訪では災害や飢饉、対小笠原氏や佐久方面での戦が続き、民衆が疲れ果てていたため、高遠頼継らと結んだ武田勢を迎え撃つ勢力には差が歴然としていたといいますが、頼重は奇襲策を嫌い、正々堂々と戦おうとしていました。
七月二日夜、劣勢のまま居城である上原に火をかけれ桑原城へ退却、三日夕方には、戦闘に備えるために検分をしようと「つるね」(足長神社へ続く尾根か)を下った頼重を見た家臣が、頼重が城を捨てたと思い逃げていってしまったため、二〇人ほどで夜を明かし、四日、甲州勢の使者を受け入れ城を明け渡すことにしました。その後、頼重は甲府へ連行され、東光寺で自刃しました。
このように桑原城は、諏訪惣領家最後の舞台となりました。
(案内板から)

<参考資料> 桑原城
桑原城は一名を高鳥屋(たかとす)城ともいい、諏訪惣領家の本拠上原城の支城として要害をほこった山城である。甲州街道から約二百メートル北に位置し、本丸は空濠より高さ六メートル、東西三十三メートル、南北二十五メートル、面積はおよそ六百平方メートルある、空濠をへだてて西側の二の丸に続く。
天文十一年(一五四二)七月四日、諏訪頼重は武田信玄に攻められて上原城からのがれ、ここで敗れた。頼重は甲府に送られ、

 おのずから 枯れ果てにけり 草の葉の
 主あらばこそ またもむすばめ

の時世を残して割腹し、諏訪惣領家は一旦滅亡したという悲史を伝えている。
いま東光寺(甲府市)に、頼重と弟の大祝頼高(おおほうりよりたか)を祀る小さな五輪塔二基が建っており、また志賀神戸の頼重院(らいじょういん)には頼重を祀る供養塔がある。
(長野県教育委員会・諏訪市教育委員会設置の案内板から・昭和58年)





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151012_1335_志賀家住宅(諏訪市)

諏訪市内で唯一残る江戸時代の武家屋敷(地図)。
(写真:志賀家住宅=12日午後撮影、640×480拡大可能)

<管理人ひとこと>
平成27年5月、市有形文化財の指定の後、所有者の許可を得て、初めて一般に公開されました。普段は非公開となっており、常時、見学することはできないようです。諏訪の武家の生活を感じられる内部の公開が進むことを期待しています。

<参考資料>
志賀家住宅は安政二年(1855)に建てられ、諏訪市内に唯一残された高島藩の武家屋敷です。長年の経過により外観に手が加えられましたが、内部はほとんど改造がなく高島藩の武士の生活を物語る貴重な建物です。
主屋は本棟造ともいえる切妻造(きりつまづくり)妻入りの主屋とその後ろに入母屋(いりもやづくり)の梁間を主屋の三分の一にした奥の間を二間付加した造りで、諏訪の武家住宅の特徴が現れています。また、道路に面して建つ長屋門、主屋、そして奥の土蔵と三棟が揃って残されている例は県内でも少なく、この点でも大変貴重な建築物です。
(諏訪市教育委員会設置の案内板から)





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