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150516_1310_岐阜善光寺(岐阜県岐阜市)

岐阜県岐阜市にある善光寺安乗院(地図)では、4月5日から5月31日まで、御本尊の一光三尊阿弥陀如来像の厨子が開けられる御開帳が行われています。
戦国時代、武田信玄により信濃から甲斐(現:山梨県甲府市)へ移された一光三尊阿弥陀如来像(善光寺如来)は、天正10年(1582)の甲州征伐( Wikipedia )の際、織田信長により岐阜城下へ迎えられたものの、その年の6月に起きた本能寺の変で信長は斃れ、善光寺如来は信長の次男・織田信雄( Wikipedia )により尾張国(現:愛知県あま市)の甚目寺へ移られました。
岐阜善光寺( Wikipedia )は、信長の孫の織田秀信( Wikipedia )が、かつて善光寺如来が安置されていたこの地に稲葉善光寺堂を建立し、善光寺如来の御分身(御本尊)をお祀りしたことが始まりと伝えられています。
戦前は旧暦7月17日に公開されていたその御本尊でしたが、戦後は秘仏となり、その姿を拝むことはできませんでした。前回御開帳のあった平成21年から6善光寺同時御開帳に合わせ公開されるようになり、今回は戦後から数えて2度目の御本尊の御開帳となっています。
(写真:岐阜善光寺=16日午後撮影、640×480拡大可能)

平成27年度 岐阜善光寺御開帳
4月5日 開闢大法要
5月2日 中日法要(柴灯護摩供・火渡り)
5月31日 結願大法要

<参考HP>
・ 岐阜善光寺
  http://gifu-zenkoji.jp
・ 全国善光寺会(中部地域)
  http://www.zenkojikai.com/
・ 六善光寺同時御開帳
  http://www.gokaicho.net/


平成27年度 岐阜善光寺 御開帳
150516_1326_岐阜善光寺(岐阜県岐阜市) 150516_1330_岐阜善光寺(岐阜県岐阜市)
岐阜善光寺境内の様子
15_平成27年度岐阜善光寺御開帳(表) 15_平成27年度岐阜善光寺御開帳(裏)
岐阜善光寺 御開帳パンフ

<参考資料>
岐阜市指定重要文化財
木像釈迦如来坐像
安乗院に伝わる木像釈迦如来坐像は、時代的に古く、美術的に優れた仏像です。
像は、平安時代の作風を良く表しており、全体的に彫りが浅く、衣紋は流線的に表現されています。また、顔の表情は穏やかで、眼・鼻・髪などの細部にも時代の特徴が見られます。
像の伝承については確証はありませんが、明治時代の神仏分離で廃絶した満願寺(かつて伊奈波神社の神宮寺として所在)との関係も推測されます。
(岐阜市教育委員会設置の案内板から・平成17年)


150516_1332_伊奈波神社(岐阜県岐阜市)
伊奈波神社

岐阜善光寺から参道を進むと五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと=第11代垂仁天皇第一皇子)を主祭神とする伊奈波(いなば)神社があります。
案内によれば、五十瓊敷入彦命は勅命により河内・大和・美濃などの諸国に、地溝八百をひらいて農事に努めたほか、物部十千根命の協力を得て、奈良の石上神社に神剣千口を納めるなど、農耕や軍事に活躍されました。
神社は五十瓊敷入彦命の遺徳を偲び創建され、天文8年(1539)、斎藤道三が稲葉山に居城するに際し丸山から移され、現在に至っています。

<参考資料> 伊奈波神社の文化財
国重要文化財
太刀 銘景依造(めいかげよりぞう)
備前国長船派の名光、景依によって作られた鎌倉時代の太刀です。備前長船といえば名刀の代名詞で、備前国(現在の岡山県東部)に流れる吉井川の下流に位置し、鎌倉時代から室町時代を通してたくさんの名工を輩出し、数々の名刀を生み出しました。
この太刀は長さ七十七.三cm、反りが三.三cmで、全体的に細身で切先(刀の先端部分)が小さく、腰反り(反りの中心が刀身の中央より手元近くにあたるものをいう。備前刀に多いので備前反りともいう。)の上品な姿をしています。棟(刃と反対側の背の部分)には戦いによってついたと思われる切込みが残っていて、武士の存在を感じさせます。

県重要文化財
石造狛犬
阿形(像高二十九cm)、吽形(像高三十一cm)両方とも欠失がほとんどなく、全体に柔らかい丸やかな曲線で彫られ、量感に富んでいます。中国宋の様式を受けた造形で、各務原市の手力雄神社の狛犬(県重要文化財)と極めてよく似ています。
狛犬の阿吽一対に「天正四年九月吉日」「奉修誦諸願成就所」「愛宕」「濃刕厚見郡岐阜」「多和田新八直房」の陰刻銘があり、寄進者の名前を、安土桃山時代に伊奈波神社の祀られている愛宕社の奉納されたことが分かります。

県重要文化財
木造獅子頭
全体は黒漆、耳・鼻孔・口は朱漆、歯は金箔が施され、眼には銅版をはめた迫力のある姿です(高さ三十cm、幅三十九cm)。
口内の鼻柱の裏側に「御因幡□□□」、上顎に「濃州厚見郡岐阜」「大工 福竹宗左衛門」「杣(そま) 松山彦□□」「ぬり 神崎徳右衛門」「朱 波多□(   )」「かなく 平田九郎次郎」「(   )はり太彦右門」「慶長弐拾年乙卯二月吉日 塩谷□太夫」と墨書銘があります。獅子頭の制作に携わった人物について詳しいことはわかっていませんが、いずれも岐阜町の人たちであると思われ、江戸時代初期に奉納されたことが分かります(末尾の塩谷□大夫は伊奈波神社の神職の名前です)。

県重要文化財
美濃国第三宮因幡社本縁起
伊奈波神社の主神五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)をはじめ、日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)・渟熨斗姫命(ぬのしひめのみこと)・彦多都彦命(ひこたつひこのみこと)・物部十千根命(もののべとちねのみこと)など諸配祀の事績と伊奈波神社に関する由緒が記されています。

市重要有形民俗文化財
山車 四台
(安宅車・蛭子車・清影車・踊車)
江戸時代後期から大正時代に造られ、地域の人々の力で震災や戦災等、苦難の中を守られ続けた貴重な山車です。
現在も毎年四月第一土曜日に行われる岐阜まつりで奉曳され、からくり人形を有している安宅車(昭和三十三年十一月十三日指定)、蛭子車(ひるこしゃ・昭和五十四年三月十九日指定)、清影車(せいえいしゃ・昭和五十四年三月十九日指定)では、能の演目の一部が上演されます。
(岐阜市教育委員会設置の案内板から・平成26年)

<参考資料>
岐阜県指定重要文化財
美濃国第三宮因幡社本縁起
縁起とは、社寺にまつわる古来からの伝承や祭祀について書き記した文書のことです。
伊奈波神社に伝わる美濃国第三宮因幡社本縁起(みのこくだいさんぐういなばしゃほんえんぎ)の奥書によると、天平十四年(西暦七四二年)の古い縁起が紛失していたため、延文四年(西暦一三五九年)に作り直したが、それも破損したので、文明四年(西暦一四七二年)に美濃国守護代の斎藤妙椿(さいとうみょうちん)が書道の名家に命じて書き改めさせて奉納したと伝えられています。
(岐阜市教育委員会設置の案内板から・平成17年)

<参考資料> 満願寺跡
江戸時代、伊奈波神社境内には満願寺という寺(今は廃寺)がありました。この満願寺の境内に小屋が組まれ、記録では美濃で最も古い人形浄瑠璃が盆と春秋の彼岸に上演されました。
元禄時代に入ると、江戸や上方で流行した近松門左衛門の作品も上演され大いに賑わいました。その後、あやつり人形・芝居だけでなく、相撲興業も許され満願寺の芸能は岐阜町の人々に支援されていましたが、天明五年(一七八五)に尾張藩から芝居興業禁止令が出されて以後、徐々に興業ができなくなり、明治に入ってまもなく姿を消しました。
(岐阜市教育委員会設置の案内板から・平成13年)


<ドライブメモ>
150516_1101_ハイウェイオアシス美濃賀茂SA(岐阜県美濃加茂市)
東海環状自動車道
ハイウェイオアシス
美濃加茂SA
諏訪IC→中央自動車道→土岐JCT→東海環状自動車道→ハイウェイオアシス美濃加茂SA(写真右)→富加関IC→県道58号線→  関善光寺(岐阜県関市) →国道156号線→県道92号線→国道248号線→鶯谷トンネル→ 岐阜善光寺(岐阜県岐阜市) →国道157号線→県道154・151・1号線→濃尾大橋(木曽川)→県道129号線→ 善光寺東海別院(愛知県稲沢市祖父江町) →県道67号線→国道155号線→県道14号線→一宮IC→名神高速・中央・長野・上信越自動車道→須坂長野東IC





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150516_1157_関善光寺(岐阜県関市)

岐阜県関市にある関善光寺(地図)では、4月5日から5月31日まで、御本尊の一光三尊阿弥陀如来像の厨子が開けられる御開帳が行われています。
案内によれば、関善光寺( Wikipedia )は、江戸時代の宝暦4年(1753)、武田家家臣であった広瀬利広から5代目の広瀬新太郎利忠が祖父母供養のため小庵を建て、利忠が亡くなった後、7代目の利香が現在の大仏殿(旧本堂)を建立したことが始まりとされています。
現在の本堂は、寛政14年(1804)、長野善光寺大勧進 等順大和尚が出開帳の際に立ち寄り、多くの参詣者で賑わったことが縁となり、文政10年(1827)、約10年の歳月を経て現在の本堂が建立されました。
(写真:関善光寺=16日午前撮影、640×480拡大可能)

平成27年度 関善光寺御開帳
4月5日 開闢大法要
4月26日 中日大法要・稚児行列
5月31日 結願大法要

<管理人ひとこと>
御開帳期間中は専用駐車場が満車になる場合があります。
御朱印の受付は本堂左手にあります。

<参考HP>
・ 関善光寺
  http://www.seki-zenkoji.jp/
・ 関市観光協会
  http://www.sekikanko.jp/
・ 全国善光寺会(中部地域)
  http://www.zenkojikai.com/
・ 六善光寺同時御開帳
  http://www.gokaicho.net/


平成27年度 関善光寺 御開帳
150516_1216_関善光寺(岐阜県関市) 150516_1154_関善光寺(岐阜県関市)
150516_1155_関善光寺(岐阜県関市) 150516_1205_2_関善光寺(岐阜県関市)
御開帳で賑わう境内
150516_1202_関善光寺(岐阜県関市) 150516_1205_1_関善光寺(岐阜県関市)
行者堂 大梵鐘
15_平成27年度関善光寺御開帳(表) 15_平成27年度関善光寺御開帳(裏)
平成27年度 関善光寺 御開帳パンフ
 
<参考資料> 宝冠大日如来
仏教文化華やかなりし唐の玄宗時代、(約一千二百年前)に鋳造された仏像中で名作といわれ、我が国では極めて珍しい高さ約五メートル、千十三体の仏像を浮刻した大蓮台の上の慈眼温容の金銅坐像で、平成八年四月に落慶した八角の堂内に御本尊として安置され、結ばれた印形も非常に珍しく金胎両界に通じる霊験あらたな仏像です。(境内八角堂に安置)

<参考資料> 大仏殿(摂取殿)
150516_1208_関善光寺(岐阜県関市)
丈六阿弥陀如来
関市重要文化財 旧本堂
比叡山智堂大和尚を開基として宝暦三年(一七五三)一品親王の命により大垣市青墓竹本院の古跡を安桜山麓の当所に移し、名主新屋広瀬新太郎利忠が祖父母の供養の為に建立せられました。御本尊の丈六阿弥陀如来は木像仏として県下最大、約五百年前の作で、脇侍の観音菩薩、勢至菩薩と共に岩手県平泉中尊寺より千葉県泉倉寺を経て当山に安置され、その御腹中の胎内仏「宝冠阿弥陀如来」は行儀菩薩御作といわれ、「安産、育児の守護仏」として広く信仰されています。

<参考資料> 行者堂
役行者 別名
高祖神変大菩薩
役小角(エンノオズメ)・役優婆塞を祀る
我国修験道の始祖 西暦六三四~七〇一 舒明~大宝年間の人。大和葛城に生る、幼少より三宝に帰依し、葛城山の岩窟に隠棲、草衣木食して心身の垢離をとり、秘術を修すること三十年、孔雀明王の像を拝し、遂に呪術を以って鬼神を駆使するに至る。富士、金峯箕面の各山等々を登攀跋渉す、今日本各地の霊山の役行者の祀らざるはないとさえ謂れる。
(美濃篁講 関善光寺設置の案内板から)

<参考資料>
岐阜県重要文化財 大梵鐘
太平護国天尊、大明嘉靖庚子歳製、(一五四〇)の浮刻あり、明の十二世、世宗の時代の鋳造で重さ三トン県下最大の大梵鐘で国内で数少ない名鐘の一つ、鳴り響く鐘声は、世界平和、国家安泰、仏法興隆を祈願しております。


150516_1214_弁慶庵・惟然記念館(岐阜県関市)
弁慶庵 惟然記念館

<参考資料>
関市史跡 弁慶庵 惟然記念館
弁慶庵「惟然(いねん)記念館」は芭門十哲の一人、広瀬惟然( Wikipedia )の旧跡である。惟然は、この地に草庵を結び、日常、膳椀など七つの器だけで簡素な生活をしていたことから、七器山(しちきざん)弁慶庵と名付け、ここを本拠として、芭蕉をはじめ多くの俳人を全国各地にたずね歩き、吟行三昧に明け暮れしていたが、晩年はこの草庵にもどり、
 年の雲 故郷に居ても ものの旅
を最後の吟とし、宝永八年(一七一一年)二月九日、六四歳で没したといわれている。
この史跡内には
 鳥落人墳(ちょうらくじんづか) 宝永八年卯二月九日并建焉
と陰刻した笠塚があり、
 安心惟然居士
の墓碑もある。また、近くの本寺である香積(こうじゃく)寺には、惟然の位牌も安置されている。
庵は、宝永二年(一七〇五年)、父を慕った惟然の娘、智鑑尼(ちがんに)が入庵し、その後、智鑑尼を第一世とし、代々尼寺として引き継がれた。
もともと弁慶庵は入母屋造りの茅葺で、修改築を重ねてきたが、老朽したため解体し、惟然記念館「弁慶庵」として再建した。
(関市教育委員会設置の案内板から・平成5年)


150516_1152_関鍛冶始祖 元重翁之碑(岐阜県関市)
関鍛冶始祖 元重翁之碑

<参考資料>
関鍛冶始祖 元重(もとしげ)翁之碑
この碑は、関鍛冶の始祖と伝えられる元重を顕彰し、関の刃物産業の発展を願って、大正四年(1915)に建立されました。
始祖を元重と伝える最古の史料は、宝徳二年(1450)に、美濃国守護代斎藤利永によって編纂された「美濃国鍛冶系図」です。その筆頭に記された元重には、「濃州(のうしゅう)関鍛冶之初也、本国九州之住人也」と注記があり、鎌倉時代末頃の人と考えられています。
以来、「折れず、曲がらず、よく切れる」という、刀にとって不可欠の要素を追求してきた関の刀剣は、後に「関伝(せきでん)」と称されるようになり、戦乱期の室町時代中期から末期にかけて、大いに隆盛をきわめました。刀鍛冶の代表流派は、美濃(関)伝の他に、大和、山城、備前、相州(そうしゅう)の各伝がありますが、その伝統を引き継ぎ、今日にいたるもなお「刀都(とうと)」とよばれているのは関市のみです。
中世に始まった伝統技法を、多くの先人のたゆみない努力で保持し発展させてきた関にとって、元重を「刀祖」として崇敬することが、地場産業のかぎりない躍進と、ハイテクノロジーへの挑戦を願うものの心の表れといえます。そうした心をこめて、毎年11月8日には、この碑の前で元重を称える「ふいご祭り」がとり行われています。
(元重保存会設置の案内板から)

<ドライブメモ>
150516_1101_ハイウェイオアシス美濃賀茂SA(岐阜県美濃加茂市)
東海環状自動車道
ハイウェイオアシス
美濃加茂SA
諏訪IC→中央自動車道→土岐JCT→東海環状自動車道→ハイウェイオアシス美濃加茂SA(写真右)→富加関IC→県道58号線→  関善光寺(岐阜県関市) →国道156号線→県道92号線→国道248号線→鶯谷トンネル→ 岐阜善光寺(岐阜県岐阜市) →国道157号線→県道154・151・1号線→濃尾大橋(木曽川)→県道129号線→ 善光寺東海別院(愛知県稲沢市祖父江町) →県道67号線→国道155号線→県道14号線→一宮IC→名神高速・中央・長野・上信越自動車道→須坂長野東IC





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150314_1036_大熊城跡(諏訪市)

諏訪市湖南大熊(地図)にある諏訪神社上社大祝側に属した山城。
天文11年(1542)に武田信玄の侵攻により落城。
(写真:大熊城跡と土塁上の石祠=3月14日午前撮影、640×480拡大可能)

<参考資料> 大熊城跡
大熊城は千野氏居城と伝えられ、文献上では文明十五年(一四八三)にその名がみられる。諏訪神社上社大祝(おおほうり)側に属する山城で、当時対立していた下社大祝金刺氏との攻防の場となった。天文十一年(一五四二)、武田信玄の侵攻によって落城し、天文十七年頃破却された。城は三日月形をした自然丘陵上に主郭を築き、周囲に六ヶ所の郭(曲輪)を配置したいわゆる連郭式城郭である。主郭の南側には長さ二〇mの土塁があり、その上には千野氏の名を刻んだ石祠が建っている。
昭和四十八年に行われた発掘調査では堀・建物跡・土橋が発見され、築城の様子が明らかになった。また大熊城に隣接する城山遺跡・荒神山遺跡からは城主の居館跡とみられる建物跡も発見された。
(大熊区・諏訪市教育委員会設置の案内板から)





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040411_1339_平成16年度御柱祭・萩倉集落(下諏訪町) 040411_1334_平成16年度御柱祭・萩倉集落(下諏訪町)
040411_1356_平成16年度御柱祭・木落とし坂上部から(下諏訪町) 040411_1435_平成16年度御柱祭・春宮四の柱の曳行(下諏訪町)
平成16年度諏訪大社御柱祭(下社)

仮住まいを始めた頃は寒々としていた周囲の山々でしたが、桜前線が通過した後は一段と緑が増え、早くも初夏を感じさせる陽気となりました。新聞記事によれば、諏訪市役所では11日からクールビズが始まっており、管理人の勤務先でも普段であれば6月1日からであったものが、今年は来週の18日から実施されることになっています。「衣替え」という言葉も、昨今の気象状況を考えると、何れは前倒しで使われるようになるのかもしれません。
諏訪地域では早くも来年の御柱祭に向けた準備が進んでおり、12日には下諏訪町の東俣国有林で、諏訪大社下社春宮と秋宮(諏訪郡下諏訪町)に建てられる御柱用材(モミの木)の伐採が行われました。御柱祭をPRする3枚のポスター(諏訪地方観光連盟)も完成し、順次、観光施設や宿泊施設などに掲示されるということです。

今週のできごと
※ここでは先週の金曜日から今週木曜日まで、諏訪周辺のできごとを掲載
5月8日(金)
・住宅街を彩るフジ
 (諏訪市下金子・長野日報記事)
・ワカサギ採卵「危機的」(長野日報記事)
・花まつり(諏訪市岡村・地蔵寺)
9日(土)
・オープンキャンパス
 (諏訪市・エプソン情報科学専門学校)
・下諏訪町プレミアム付商品券販売
 (下諏訪町・総合文化センター、11日まで)
10日(日)
・J1リーグ松本山雅VSサガン鳥栖戦
・リニューアルお披露目見学ツアー
 (岡谷市・カノラホール)
11日(月)
・春の全国交通安全運動(20日まで)
12日(火)
<御柱祭>諏訪大社下社の御柱用材伐採
 (下諏訪町・東俣国有林)
・台風6号、温帯低気圧へ
・「あぶない刑事」映画ロケ
 (諏訪市・旧東洋バルヴ諏訪工場跡地)
13日(水)
・諏訪市で震度2の地震
 (岩手県を震源とする地震)
14日(木)
・八ヶ岳山麓・新鮮セロリ初出荷(茅野市)
 
来週以降のできごと
5月17日(日)
・尖石縄文考古館無料開放日(茅野市)
18日(月)
・国際博物館の日
24日(日)
・第46回高島城祭(諏訪市)
・婚活イベント「湖畔ウォーク」(下諏訪町)
30日(土)
・諏訪交響楽団第157回定期演奏会
 (岡谷市・カノラホール)
31日(日)
・女声合唱~スワ・セシリアコンサート
 (下諏訪町・下諏訪総合文化センター)
・満蒙開拓展特別上映会
 (富士見町・コミュニティプラザ)
6月21日(日)
・まつり芸能楽「信濃」(茅野市)
伊那を拠点に活躍する歌舞劇団「田楽座」の創立50周年記念公演。茅野市の市民館で午後1時30分から。料金は大人3500円、小中高1500円。

我が家のできごと
9日(土)
定例となった伯父の見舞い。
痴呆が急速に進行している状況で、看護師さんの話によれば自発的に食事を摂ることがないことから、半ば無理やり与えているとのこと。もともと好き嫌いのある性分でしたが、痴呆が進んだ結果、更にひどくなり、扱いに手を焼いているように感じられました。
10日(日)
「お尻ふき」と「おむつ」を持参して再訪。
13日(水)
4月分の入院及びその他経費の請求書が送達。


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150510_1135_とみくら山菜まつり(飯山市)

飯山市富倉の富倉活性化センター前(地図)で10日、恒例のとみくら山菜まつりが開催され、地元産の山菜を買いに訪れる人たちで賑わいました。
(写真:会場の飯山市富倉活性化センター前広場=10日午前撮影、640×480拡大可能)

<管理人ひとこと>
山菜まつりの開催は午前8時なのですが、早朝から大勢の人たちが訪れ、瞬く間に完売となったそうです。

<参考HP>
・ 信州いいやま観光局
  http://www.iiyama-ouendan.net/


平成27年度 とみくら山菜まつり
15_とみくら山菜まつり(表) 15_富倉の山菜調理ガイド
とみくら山菜まつりパンフ 富倉の山菜調理ガイド






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