忍者ブログ
管理人の思いつくまま、気の向くまま、長野県内の町や村の話題を取り上げています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


150818_1423_なめりかわ宿場回廊・廣野家住宅(富山県滑川市)

富山県滑川市の中川河口周辺(地図)は、北陸道(北国街道)の宿場町として賑わいました。通りには、今も当時の面影を偲ばせる佇まいが数多く残り、宿場町をめぐる散策路は「なめりかわ宿場回廊」と呼ばれ親しまれています。
滑川市が作成した「なめりかわ 宿場回廊めぐり案内マップ」によれば、周辺の見どころは、滑川駅を起点に、西ルート8ヶ所(約2.3km)、東ルートが5ヶ所(約2.7km)の全13ヶ所。
海沿いに広がる宿場町の風情を楽しみながら歩いてみましょう。
(写真:中川河口から上流の町並みを撮影、正面は国登録有形文化財の廣野家住宅=18日午後撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 滑川市観光協会
  http://namerikawa-kankou.jp/

<参考資料> 芭蕉「奥の細道」と川瀬屋
150818_1417_なめりかわ宿場回廊・芭蕉「奥の細道」と川瀬屋(富山県滑川市)
旅籠・川瀬屋跡
元禄二年(一六八九)、松尾芭蕉と同行の曾良は、奥の細道の旅の途中、七月十三日(新暦では八月二十七日)の夕方滑川に着き宿った。旅籠の川瀬屋という説が有力でこの辺りにあった。宝暦十三年(一七六三)に「俳諧早稲の道」を著した川瀬知十は翁の宿泊を記念して自家の檀那寺である徳城寺の境内に「早稲の春や 分け入る右は 有磯海」の吟詠を刻んだ句碑を建立した。徳城寺は、この頃はまだ新(荒)町の海辺にあったが、明治十三年(一八八〇)に、句碑とも現在地に移転した。
【荒町の成立】
新町は、大町、瀬羽町に次いで、慶長年間に新しくできた町であったと伝えられる。海岸線に平行して東西に北国(北陸)街道が走り、その両側に家並みが連なり、浜に抜ける小路が発達した。
(滑川市設置の案内板から)

<参考資料> 滑川本陣跡
150818_1420_なめりかわ宿場回廊・滑川本陣跡(富山県滑川市)
滑川本陣跡
江戸時代、参勤交代などで、街道を往復する大名の休泊のため宿駅に本陣を設けた。
寛永二年(一六二五)桐沢家二代九郎兵衛は、加賀藩から御旅屋を命ぜられ、およそ六千平方メートルの敷地内に、格式ある屋敷をかまえ本陣とした。
桐沢家は歴代綿屋(わたや)と称し、火災により一時的な変更もあったが、天保九年まで約二百年余りの間本陣を勤めた。
この地が、その跡である。
(滑川市教育委員会設置の案内板から)

<参考資料> 桐沢本陣と大町
大町は、滑川発祥の町で、文治二年(一一八六)京都八坂神社の荘園である堀江荘にあった「滑河村」は、ここに成立した村落であったと考えられる。南北朝時代には、「高月滑川の要害」と見え、また、「滑川城主府久呂兼久(ふくろかねひさ)」という記録もあり、海辺に城が築かれていた戦国時代には、狭(せわ)町(現瀬羽町)も成立し、町並みもできていた。
慶長二十年(一六一五)、加賀藩によって北国街道(北陸道)の宿場町として再編され、大町には御旅屋(おたや)や問屋場(といやば)が設置された。由緒町人の住む所で、また町の運営の中心地であった。
御旅屋守(もり)は、綿屋九郎兵衛(わたやくろべえ)(桐沢氏)で、加賀藩主の参勤交代などに際し、お宿をつとめた。
(滑川市設置の案内板から)

<参考資料> 橋場
滑川旧町部を貫いて、海岸線に沿って南西から北東に延びる北国街道の中心部を流れる中川河口で町の東西を結ぶ橋の左岸を橋場という。
藩政時代、河口は船着き場で加賀藩の年貢米が積み出しされ、中新川郡の物資の集散地として賑わった。周辺は、藩の高札場、旅籠、商家が軒を並べ、荷車や旅人、日用品を買い求める人で往来が絶えなかった。
明治期には、中新川郡役所、警察などが置かれ行政の中心として、また周辺は中新川郡随一の繁華街として賑わった。
橋場に残る旅籠「嶋屋(しまや)」は、安政六年(一八五九)ごろは売薬商売や紅粉商売を営んでいた。建物は当時の面影を今に留めている。
中川右岸には、堂宮大工の岩城庄之丈(いわきしょうのじょう)が建てた廣野家(国登録建造物)が数奇屋(すきや)造りの優美な姿を川面に映している。
(滑川市設置の案内板から)





ランキングに参加しました。
Click >>> にほんブログ村 長野情報
Click >>> 人気ブログランキングへ
管理人ホームページ Click >>> 日本列島夢紀行 信州からあなたへ

拍手[0回]

PR

150818_1354_万灯台(富山県魚津市)

富山県魚津市の角川河口(地図)にある江戸時代に設けられた灯台。
(写真:万灯台=18日午後撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 魚津たびナビ(魚津市観光協会)
  http://www.uozu-kanko.jp/
・ とやま観光ナビ(富山県観光連盟)
  http://www.info-toyama.com/

<参考資料>
魚津市指定文化財 万灯台
江戸時代の運輸は、海運による場合が多く、当時の魚津港(角川河口)にも、北海道や敦賀、大阪まで往来する数多くの船舶が出入していた。そこで、慶応元年(一八六五年)に町奉行土方与八郎が加賀藩に灯台の設置を願い出て、同四年、町奉行小川渡の時に角川尻に完成した。
この灯台を維持するために、油屋十二軒へ三六〇貫を貸し渡した利息を油代にあてたことから、この灯台の明かりは消えることはなかったという。港の整備に伴い、三度の移転の末、現在の地にある。
(魚津市教育委員会設置の案内板から・平成25年)





ランキングに参加しました。
Click >>> にほんブログ村 長野情報
Click >>> 人気ブログランキングへ
管理人ホームページ Click >>> 日本列島夢紀行 信州からあなたへ

拍手[0回]


150808_0756_下諏訪町の諏訪湖博物館・赤彦記念館から撮影した諏訪湖(下諏訪町)

13日から19日まで夏休みだったため、2週まとめての仮住まい便り。
15日の諏訪湖祭湖上花火大会は、地元・長野市のケーブルテレビでLCVの生中継を見ていたのですが、さすが全国に知られる花火大会だけあって、諏訪の夜空を彩る華たちの様子はとても素敵でした。そしてなによりも、台風の影響で曇っていたり、雨が降ったりと、あまりぱっとしないお盆期間中の天候でしたが、当日夜だけは天気に恵まれたことも幸いでした。
来年はぜひ実際の打ち上げ花火を観てみたいなぁ…と思っています。
(写真:下諏訪町の諏訪湖博物館・赤彦記念館から撮影した諏訪湖=8日午前撮影、640×480拡大可能)

今週のできごと
※ここでは先々週の金曜日から今週木曜日までの諏訪周辺のできごとを掲載
14日(金)
・第46回岡谷太鼓まつり
 (岡谷市・イルフプラザ駐車場周辺)
15日(土)
・第67回諏訪湖祭湖上花火大会(諏訪市)
 http://www.suwako-hanabi.com/
※13日(木)~19日(水)まで管理人夏休み
18日(火)
・東京都立川市でJR中央線高架下ケーブル炎上
19日(水)
・無人補給船「こうのとり」種子島から打ち上げ
・諏訪地域戦略会議(諏訪市)
・霧ヶ峰 今年度最終の外来植物の除去作業
 (諏訪市・霧ヶ峰高原)
20日(木)
<御柱祭>家族の安全に願い肩掛けひも製作
 (諏訪市四賀・JA信州諏訪本所)
・八ヶ岳連峰・蓼科山で遭難者を救助
21日(金)
・長野県が「県民栄誉賞」を創設
 第1号は小澤征爾氏
・岡谷工業高校生徒が県の出前講座を受講
 「諏訪湖のヒシが多い」
 (下諏訪町高木沖・長野日報) 
・富士見町立沢で葉物野菜の水耕栽培
 (農業法人オリックス八ヶ岳農園・長野日報)
22日(土)
・岡谷・下諏訪ロボバトル2015
 (岡谷市・テクノプラザおかや)
・諏訪姫誕生5周年記念イベント
 (諏訪市・諏訪湖畔公園野外音楽堂)
・伝統行事・秋葉さまの火祭り
 (諏訪市南真志野・習焼神社)
・国宝指定記念特別展
 「縄文土器造形の頂点 5000年後の競演」
 (茅野市・尖石縄文考古館、9月13日まで)
 縄文ゼミナール開催(テーマは「火焔」)
・第22回原村よいしょまつり(原村)
・仮面ライダースーパーライブ2015
 (塩尻市・レザンホール)
23日(日)
・第10回みなとむらまつり
 (岡谷市湊・湊小学校)
・バーベキュー初級インストラクター検定
 (岡谷市・諏訪湖ハイツ)
・水神講祭り(諏訪市文出・四ッ家橋)
・第20回縄文文化講座
 ~大地にささげた縄文人の祈り~
 (茅野市・マリオローヤル会館)
・第17回島木赤彦文学賞受賞式
 (下諏訪町・諏訪湖博物館・赤彦記念館)
24日(月)
・日本の無人補給機「こうのとり」ISS到着
・東京市場一時900円超安
25日(火)
<御柱祭>かんな持つ手に心意気
 (茅野市・長野日報記事)
御柱祭で木遣の方々が使う「おんべ」の房は、以前使われていたエゾマツからトウヒ材に代わったものの、仕様に変更なく、木材を0.03mmの薄さで削り出し、1.5mほどのものを200枚まとまって1本に仕立てているそうです。紙でできているのかと思ったら、じつはかんなで削った木製品だったのですね。
26日(水)
・岳麓彩るソバの花(原村・長野日報)
・諏訪大社上社・下社「御射山社祭」(諏訪大社)
27日付の長野日報記事によれば、御射山社が「原山」と呼ばれる場所にあることから、子供(数えで2歳)が「腹を病まないように」という願いを込め、用意されたドジョウを放つ行事とのこと。27日の祈祷は、上社が諏訪郡富士見町の御射山社で、下社は諏訪郡下諏訪町の御射山社と秋宮で行われたようです。
27日(木)
<御柱祭>諏訪大社上社御柱用材伐採日程
上伊那郡辰野町の横河国有林から切り出す御柱用材の伐採日程。伐採された用材は辰野町の観光施設「かやぶきの館」敷地内んへ搬出されるそうです。
<本宮1>16日:米沢・湖東・北山
<本宮2>24日:境・本郷・落合
<本宮3>16日:ちの・宮川
<本宮4>28日:原・泉野
<前宮1>28日:豊田・四賀
<前宮2>24日:中州・湖南
<前宮3>10月5日:玉川・豊平
<前宮4>10月5日:富士見・金沢

来週以降のできごと
28日(金)
・「諏訪湖まちじゅう芸術祭2015」開幕
諏訪湖まちじゅう芸術祭は、諏訪湖畔のにある美術館や博物館の魅力を知ってもらうイベント。芸術祭の期間中は「共通パスポート」(大人:2700円、大学生・専門学校・高校生:1500円、小中学生は無料)、各館1回入場可)で巡ることができます。9月23日まで。
29日(土)
・第4回八ヶ岳ジャズ・ライブコンサート
 (原村・八ヶ岳自然文化圏)
・銀座NAGANOで交流イベント(原村)
30日(日)
・第4回岡谷市民病院祭 新病院一般見学会
 (岡谷市本町・午前10時~)
・銀座NAGANOで交流イベント(原村)
・ピクニックコンサート in パノラマリゾート
 (富士見町・富士見パノラマリゾート)
9月3日(木)・3日(金)
・なんしんフラワーフェア
 (岡谷市・テクノプラザおかや)
6日(日)
・諏訪湖ふれあいまつり2015
 (諏訪市・クリーンレイク諏訪)
9月27日(日)
・第20回諏訪湖一周ウォーク(諏訪市)

我が家のできごと
14日(金)
雨降りのなかお盆のお墓参りに行き、昨年秋に発生した白馬の地震の揺れでずれてしまった墓石の修理の件について住職さんともお話をしてきました。
春の彼岸に出かけて時は、まだまだ地震の揺れで倒れてしまったり、我が家と同じように墓石がずれてしまっていたものが多くあったのですが、その後に石材屋さんが入って作業を行ったこともあり、以前のような整然とした並びに戻りつつあるとのことでした。
さて修理についてですが、我が家にもお付き合いしている石材屋さんがいるので、そちらの業者さんにお願いして工事をしてよいか確認してみたところ、ある檀家さんからの要請で、提携していない業者さんに工事したところ、知ってか知らずか、もともとの区画を越えて(お隣の墓地の区画の一部まで)工事をされてしまい、現状回復するのに大変なご苦労をされたとのこと。それから、地元の業者さんに絞り、檀家さんからお話があった際にはこちらの利用をお願いしているとのことでした。墓地とはいえ、もともとはお寺さんの敷地ですから、かってに進めるわけにはいきません。
また、現場で状況を見ていただいたところ、工事の際に行う「魂抜き」「魂入れ」の儀式は、状況から行う必要がないとのとご判断でしたので、秋のお彼岸後ににこちらから業者さんへ工事の依頼をし、職人さんには工事を行う際に住職さんから指示を受けて行ってほしいことも話をしておく、というとで、修理の件をご了解いただきました。

19日(水)
定例となった伯父の見舞い。
お盆のお参りに出かけてこと、修理の件について住職さんの了解を得たことを説明しました。


ランキングに参加しました。
Click >>> にほんブログ村 長野情報
Click >>> 人気ブログランキングへ
管理人ホームページ Click >>> 日本列島夢紀行 信州からあなたへ

拍手[0回]


150822_1313_大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015(新潟県中魚沼郡津南町)

新潟県中魚沼郡津南町の越後妻有「上郷クローブ座」(旧上郷中学校)に展示されているパオラ・ピヴィ氏の作品(NO53)。
 
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015」は、越後妻有(新潟県十日町市・中魚沼郡津南町)の里山を舞台に3年に1度、開催される国際芸術祭。今回は新作約180点を含む約380作品を展示。会期は平成27年7月26日から9月13日まで。詳しくは「越後妻有 大地の芸術祭の里」公式サイトをご覧ください。
(写真:「上郷グローブ座」に展示されているパオラ・ピヴィ氏の作品=22日午後撮影、640×480拡大可能)
 
<参考HP>
・ 越後妻有 大地の芸術祭の里
  http://www.echigo-tsumari.jp/


ランキングに参加しました。
Click >>> にほんブログ村 長野情報
Click >>> 人気ブログランキングへ
管理人ホームページ Click >>> 日本列島夢紀行 信州からあなたへ

拍手[0回]


150816_1649_市指定文化財・高岡大仏(富山県高岡市)

富山県高岡市の鳳徳山 高岡大佛寺にある銅造阿弥陀如来坐像(地図)。
奈良・鎌倉とともに日本三大仏に数えられる高岡大仏は、幾度かの火災により焼失しましたが、明治年間に大仏再建のための事業に着手。高岡の工人・職人たちの手により、昭和8年(1933)、20有余年の歳月を経て完成しました。
お台座下の回廊には、高岡在住(昭和27年当時)日本画家制作による仏画のほか、明治33年(1900)の高岡大火により焼失した大仏の佛頭が安置されています。
(写真:高岡大仏=16日午後撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 日本三大佛 高岡大佛
  http://www.takaokadaibutsu.xyz/
・ たかおか道しるべ(高岡市観光協会)
  http://www.takaoka.or.jp/

<参考資料>
高岡市指定文化財
銅造阿弥陀如来坐像(高岡大仏)
高岡大仏は、坂下町極楽寺第十五世等誉上人が大仏建立を誓い、延享二年(一七四五)、木造金色の仏像を建立したのが始まりである。しかし、その像は文政四年(一八二一)に焼失、その後、天保十二年(一八四一)に再興されたが、これもまた明治三十三年(一九〇〇)の大火で焼失した。
現在の大仏は、篤信家の松木宗左衛門が大仏の再建を発願し、明治四十年(一九〇七)に造営事業が着手された。その後、中川原町の荻布宗四郎らの協力により、二十有余年の歳月を経て昭和八年(一九三三)に全行程を完了、五月に開眼式が行われた。昭和五十五年(一九八〇)に十一メートル後ろへ下がった現在の場所へ移転・補修された。
原型は中野双山(参考)。古式鋳造法である焼型重ね吹きの技法で、鋳造から着色に至るまですべての工程を高岡の工人・職人等の手で行った記念すべき大作である。
昭和三十三年(一九五八)に建戴された円輪光背には、阿弥陀仏の仏徳を一字で表現するキリークという梵字が頂点に拝されており、大円輪の光背がそびえる大仏尊は世に珍しく、奈良・鎌倉の大仏とともに日本三大仏と称されている。
(高岡市教育委員会設置の案内板から・平成10年)

<参考資料>
高岡市指定文化財 時鐘
150816_1648_市指定文化財・高岡大仏(富山県高岡市)
時鐘
江戸時代にはまだ時計が普及していなかったので町民に時刻を知らせる必要があった。それには規則的な生活を営み、共同社会の秩序を保ち、生産の能率を上げ災害を防止する上にも重要であった。
当時の高岡町奉行寺島蔵人は時鐘の鋳造を計画し藩の許可をえたところ、金屋町は前田利長以来の藩の厚い保護に報いるためその鋳造を願い出て文化元年(一八〇四)に出来上った。そうして九月十一日午前六時から二番町会所でつきはじめたが、間もなく鐘に割目が生じ改鋳にせまられた。
坂下町の鍋屋仁左衛門は、高岡鋳物の声価を傷つけたことを悲しみ、自ら多額の金品を寄付し、浄財を集め工人を督励などして文化三年(一八〇六)七月遂に見事な大鐘を完成しhた。
これがその時鐘で、口径百十二糎(センチ)、唇厚十八糎、高さ百九十七糎、重量二千二百五十瓲あり、鐘面一杯に皆川淇園の筆になる銘が刻んである。
以来朝夕高岡町民に親しまれてきたが、明治十二年以降数度の火災により移転され、その後大佛寺に寄付されて今日に致っている。
(高岡市教育委員会設置の案内板から・昭和46年)





ランキングに参加しました。
Click >>> にほんブログ村 長野情報
Click >>> 人気ブログランキングへ
管理人ホームページ Click >>> 日本列島夢紀行 信州からあなたへ

拍手[0回]

カレンダー
06 2026/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索
ブログランキング投票
- ランキングに参加中 -
ポチっとクリック!

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 長野県情報へ
にほんブログ村
プロフィール
HN:
管理人ひろさく
性別:
男性
趣味:
里山めぐり
自己紹介:
長野県長野市在住。
カテゴリー
最新コメント
[11/23 たっきー]
[11/22 管理人ひろさく]
[11/22 管理人ひろさく]
[11/21 ロクエフ]
[11/21 たっきー]
カウンター
アクセス解析
忍者アナライズ

Template By Emile*Emilie / Material by Auto-Alice
忍者ブログ [PR]