管理人の思いつくまま、気の向くまま、長野県内の町や村の話題を取り上げています。
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1月から再び長野市を離れ、ひろさくの県内行脚の旅が始まります。
6年半過ごした松本市、2年7ヶ月過ごした伊那市。もう県内行脚はないだろうなぁ…と油断していたところへ、今度はなんと諏訪~
居住環境はワンルームマンション。窓を開ければ八ヶ岳と、富士山
携帯電話もスマホに変更し、何時でも何処でもネットへの接続OK。もちろん、電話回線を引けば、仮住まいからのネット接続も可能です。
ただ心配なのは、我が家には齢80を超える年寄りがいること。
昔のように週末遠征はできそうにありません。
金曜夜に長野戻り、日曜夜に諏訪行き、という動きになりそうです。
とはいえ、仕事が第一。
早く地域に馴染めるように、頑張りたいと思います。
諏訪のみなさま、どうぞ宜しくお願い致します。
(写真:諏訪湖SAから撮影した諏訪湖=10日午後撮影、640×480拡大可能)
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長野市松代町寺町にある浄土真宗(真宗大谷派)の寺院(地図)。
(写真:證蓮寺=3日午前撮影、640×480拡大可能)
<参考資料>
本尊 阿弥陀如来 (伝慈覚大師円仁作)
真宗大谷派
親鸞聖人の最初の弟子、篠ノ井塩崎康楽寺開山西仏坊覚明の一子・同時二世法眼淨賀(東本願寺蔵「聖人御絵伝」の原絵師)を開基として東条村に建立。慶長年間に現在地に移転した。
現在墓地となっている寺地の南縁には松代城総構えの土塁が残されている。明治五年、長国寺大火により全焼。再建時に同寺の霊屋門が寄贈され、現山門となった。
寺宝には、六代幸弘直筆の「親鸞聖人御影」や「聖徳太子像(上越市浄興寺像と姉妹仏)」がある。太子堂の正面壁や欄間には、名工野本勇太郎作の鏝絵(こてえ)が残されている。同時期建設の鐘楼も名建築で、毎朝六時、住職によって撞ち継がれている。
(案内板から)
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長野市松代町寺町にある浄土真宗の寺院(地図)。
(写真:本誓寺=3日午前撮影、640×480拡大可能)
<管理人ひとこと>
境内に佐久間象山との関わりを記したと思われる案内板(写真:右下)がありましたが、旧字体が頻繁に使われており理解困難でした…。
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長野市松代町西条にある稲荷社(地図)。
(写真:竹山随護稲荷神社=1日午前撮影、640×480拡大可能)
<参考資料> 竹山随護稲荷神社の由来
| 社殿から望む町並み |
信親公には子がなく、二代松代藩主真田信政公の長子、信就公の六男信弘公が養子となるが、三代藩主幸道公にも子がなかったため、信弘公が幸道公の養子となり宗家を継ぎ、四代藩主となる。
真田十万石の宗家を相続することになった元禄十六年(一七〇三年)江戸の屋敷内から海津城内に遷座し、鎮守として祭った。
享保八年三月(一七二三年)ゆえあって幸道公の開基寺である恵明寺境内に遷座する。遷座建立された場所は、現在竹林となっていて、奥社として祭られている所である。(狐の穴)
八代藩主幸貫公の帰依篤く「正一位随護稲荷大明神」と称し、恵明寺が別当を司り、参詣人多く地方著名の社となる。
しかるに、降って明治四年(一八七一年)維新改革の神仏分離令により別当引き離しとなり、神勤は中村神社神官に引渡しとなる。
本殿が現在地に建立されたのは明治の中頃とおもわれる。
(案内板から)
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長野市松代町に残る海津座の跡(地図)。
大正6年(1917)、松代町清野出身の近代演劇女優・松井須磨子( Wikipedia )が、トルストイ原作の「復活」( Wikipedia )を上演しました。
(写真:松代町殿町に残る海津座の跡=平成26年4月12日午後撮影、640×480拡大可能)
「復活唱歌(カチューシャの唄)」(作詞:島村抱月・相馬御風、作曲:中山晋平)は、劇団芸術座の第3回目の公演「復活」の劇中歌として、長野市松代町清野出身の近代演劇女優・松井須磨子が歌い、レコード化( youtube )もされました。
<参考資料> 海津座の跡
製糸業興隆で潤った明治期の建設。花道・回り舞台・奈落・二階下座等などがある本格的な小屋だった。明治二十四年の松代町大火の時は、長野県の炊き出し所となった。大正六年十月、松代出身の近代演劇女優松井須磨子が「復活」を上演。
明治初期の世界恐慌、日中戦争の時代に館を閉じた。
(案内板から)
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