管理人の思いつくまま、気の向くまま、長野県内の町や村の話題を取り上げています。
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諏訪地域の各地で御柱祭の準備が始まりました。
写真は茅野市の木落とし公園(地図)から撮影した風景で、4月2日から始まる諏訪大社上社御柱祭では、一番の見せ場となる「木落とし」がここで行われます。前後にメドデコを付けた御柱が大勢の氏子のみなさんに曳かれ、この坂道を豪快に下る場面が待ち遠しいですね。
(写真:木落し公園から望む茅野市内の風景=11日午前撮影、640×480拡大可能)
今週のできごと
※ここでは先週の金曜日から今週木曜日までの諏訪周辺のできごとを掲載
19日(金)
・企画展「料紙の彩り~古筆の紙にみる王朝のみやび」
(諏訪市・サンリツ服部美術館、3月27日まで)
・山歩き講座~スノーシューで八ヶ岳鼻戸山へ
(原村・原村中央公民館)
20日(土)
<御柱祭>総合演習
本宮一:豊田・四賀地区
(諏訪市・SUWAガラスの里駐車場)
<御柱祭>上社御柱祭に向け綱打ち
前宮四:ちの・宮川地区(茅野市上原区)
ちの・宮川地区では、それぞれ担当する曳き綱を作るそうで、ちの地区は山出し用と里曳き用それぞれ元綱(男綱・女綱)から7番綱まで7区で分担し受け持っているそうです。20日、茅野市上原の葛井神社で行われた上原区の綱打ちでは、山出し用6番綱と里曳き用元綱が打たれました。(参考:21日付長野日報記事)
<御柱祭>
前宮周辺遊歩道が完成(茅野市・長野日報)
<御柱祭>メドデコの用材伐採
前宮一:富士見・金沢地区
金沢地区で伐採されたメドデコの用材は、前メド・後メド・見せ場(木落し・川越し)用と予備用の計11本で、見せ場に使われるメドは最も大きく直径25cm、長さ6mになるとのことです。(参考:21日付長野日報記事)
<御柱祭>
資機材の清め式
前宮三:玉川・豊平地区
<御柱祭>本宮四のメデドコ用材伐採(原村)
原村では北部と中部地区が曳行用と後メドを用意。南部地区は木落し用と川越し用のメデドコを準備するそうです。新聞記事によれば、曳行時は、山出し中は「男綱」を原が、「女綱」は泉野、里曳きでは「男綱」が泉野、「女綱」は原が担当するそうです。(参考:23日長野日報記事)
<曳行分担>
御柱置場~注連縄掛け
元綱:北部、中綱:中部、先綱:南部
注連縄掛け~御柱屋敷
元綱:南部、中綱:北部、先綱:中部
御柱屋敷~曳建
元綱:中部、中綱:南部、先綱:北部
・小学生を対象にした スポーツ雪合戦大会
(諏訪市・霧ヶ峰スキー場→諏訪中学校体育館)
・3月の式年大祭に向け「御符」授かる(諏訪市)
諏訪市の諏訪大社上社本宮で、今年の3月に行われる飯田市の大宮諏訪神社式年大祭に向け、神社関係者に「御符(みふ)」が授与される神事がありました。大宮諏訪神社の式年大祭は、諏訪の御柱祭と同じ「寅」「申」の年に行われ、神輿渡御(みこしとぎょ・3月24日)や、南信州ならではの大獅子舞と絢爛豪華な大名行列が練り歩く「お練りまつり」(3月25日~27日)には、県内外から大勢の観光客が訪れることで知られています。詳しくは公式サイトをご覧ください。
<参考HP>
飯田お練りまつり
http://oneri.iidacci.org
・富士見の日イベント(富士見町・町民センター)
井戸尻考古館・歴史民俗資料館(入館無料)
・たつの荒神山温泉 春まつりひな祭り
(辰野町・辰野パークホテルほか、3月6日まで)
21日(日)
<御柱祭>御柱祭に向け各地区で綱打ち
<御柱祭>八剱神社御柱祭の綱打ち(諏訪市)
<御柱祭>メドデコの用材伐採
上社 前宮一:富士見地区
上社 前宮三:玉川・豊平地区
<御柱祭>
ちの・宮川地区 御社宮司降祭と境じめ神事
(茅野市・宮川地区コミュニティセンター)
<御柱祭>輪なぐりや冠落しの練習
下社 春宮一:旧岡谷7区
<御柱祭>曳行路見学
下社 秋宮三:旧岡谷3区
・富士見の日イベント(富士見町)
井戸尻考古館・歴史民俗資料館(入館無料)
午前9時:ミニアドベンチャー in 入笠山
(富士見パノラマリゾート)
午前9時30分:冬の八ヶ岳ガイドツアー
(富士見高原リゾート)
・乙事諏訪神社御柱祭は9月22日
一之御柱と二之御柱の曳行担当抽籖式
22日(月)
<御柱祭>
諏訪大社下社御柱祭実行委員会役員会
<御柱祭>
下社御柱祭「木落し」観覧席2次販売開始
※販売は22日から29日まで、ネットのみ
・八ヶ岳連峰・天狗岳で行方不明(茅野市)
23日(火)
<御柱祭>
上社御柱祭曳行ルート合同実地調査
・県内公立高校後期選抜の募集人数を発表
志願受付:24日~26日正午
変更受付:29日~3月3日正午
選抜試験:3月9日
合格発表:3月18日
・八ヶ岳連峰天狗岳で行方不明の男性救出
24日(水)
・東海大三2016年度一般入試(茅野市)
25日(木)
・国公立大学入試2次試験
・諏訪市内の最低気温氷点下5.3度
来週以降のできごと
27日(土)
・映画「俳優 亀岡拓次」長野県公開初日
岡谷スカラ座でイベント開催(岡谷市)
・県福祉大学校・第21回卒業記念音楽会
(下諏訪町・下諏訪町総合文化センター)
・第14回沢底福寿草まつり(辰野町)
28日(日)
・旧林家 ひな人形展(岡谷市)
・第14回沢底福寿草まつり(辰野町)
・伊那部宿~雅楽演奏会
(伊那市・旧伊沢家住宅)
3月4日(金)
・信州諏訪・伊豆いとう食品フェア
(諏訪・市内16の飲食店、12日まで)
5日(土)
<御柱祭>元綱の綱打ち
前宮三:豊田・玉川地区
(茅野市穴山・長円寺境内)
我が家のできごと
21日(日)
<オヤジ>ショートスティへ着替え持参
28日(日)午前8時から、本宮一を担当する豊田・四賀地区内で綱打ちが行われます。普段は日曜日夜に諏訪行きになる管理人ですが、今回は早めに諏訪に向かい綱打ちの様子を見学してみようと思っています。
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| 宮川街歩きマップ |
權現の森(地図)に残る石祠は、青柳宿が移転した後の承応3年(1654)に建立されていますが、金山權現はもともと山の神であり、近くには武田信玄が開発した金鶏金山との関連から、石祠が建立される以前に、すでに信仰の場となっていたと考えられています。
(写真:茅野市金沢の国道20号線沿いにある權現の森=11日午後撮影、640×480拡大可能)
<参考資料> 權現の森
江戸から甲府までの甲州道中(甲州街道)が下諏訪まで延長されたのは慶長十五年(一六一〇)ごろである。そのことここは青柳宿といい、この権現の森の北西に家が並んでいたが、たびかさなる宮川の洪水や慶安三年(一六五〇)の大火を機に南方の現在地へ移転し、翌四年に金沢宿と宿名を改めた。この宿場は、山浦方面や松倉峠(金沢峠)を越して高遠方面に通ずる分岐点として、交通上、物資の流通上重要な所であった。
文化二年(一八〇五)に金沢宿より幕府に提出した「御分間御絵図御用宿方明細書上帳」に、「宿持鎮守 除地 拾六間四方 金山權現森壱ヶ所石御祠御座候 但江戸ヨリ右之方往還ニ御座候」とあり、權現の森と石祠についての報告がされている。
参道正面に祀られているのがこの石祠で、建立は承応三年(一六五四)である。青柳宿が移転して金沢宿と名を改めた三年後のことである。金山權現は、祭神は金山彦命で、山の神である。武田信玄が開発した金鶏金山との関係が考えられ、当時すでに祀られていたのではないかと考えられる。
石祠の左右には、江戸中期ことより庶民の信仰として祀られた御嶽座主權現・庚申・矜羯羅(こんがら)童子と制吨迦(せいたか)童子の脇侍をともなう津島牛頭天王・大六天・如意輪観音・蚕玉大神・道祖神石祠・石燈籠など大正期までの石造物二十数基が祀られている。
また、石祠建立のころの植樹かと思われるサワラの古木が残存し、森に趣きを添えており、信仰の場として、また憩いの場として今も江戸時代の名ごりを留めている貴重な場所である。
(茅野市教育委員会設置の案内板から・昭和59年)
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| 酒室神社 | |
茅野市坂室にある市指定史跡の神社(地図)。
御射山祭神事の祭場であり、前夜祭では濁酒(どぶろく)を作り奉納したと伝えられています。祭神は酒解子之(さけとくね)神。
(写真:酒室神社=11日午前撮影、640×480拡大可能)
<参考HP>
・ from 八ヶ岳原人
http://www.yatsu-genjin.jp/
・ 旧街道ウォーク 人力
http://www.jinriki.info/
<参考資料>
市指定史跡 酒室神社
酒室神社は、御射山(みさやま)祭りに濁酒(どぶろく)を作り、山の神に供える前夜祭をとり行なった神聖な地に祀った神で、酒室は御射舎まの入口に位置し、御射山は通称「はらやま」で、諏訪明神のみ狩神事の祭場である。年四度のみ狩が定められ、これを「みさやままつり」またははらやまさま」と呼ぶ。四度のみ狩りとは、押立ちみ狩・御作田み狩・穂屋のみ狩・秋尾のみ狩である。このうち最も盛大な神事が穂屋のまつりで、旧暦七月二十六日、現在は八月二十六日に行われている。武術を奨励した昔は、諸国から守護・地頭・代官職等が多数参加し、祭りの催しには、的矢・流鏑馬・角力等が行われ、露店や芸人が集り、そのため槍隊が出て警固にあたったと云われる。参詣人をかぞえる大草(すすき)さずけの儀が行われ、神事が終ると一堂勢揃いして弓張川で弓を清め、御射山にののりみ狩が行われた。
神殿は文政八年(一八二五)大隅流の建築家矢崎玖右衛門の建築したものである。なお境内の東の隅に「雨降り塚」と呼ぶ古墳があり、明治三十四年に発掘された。
(茅野市教育委員会設置の案内板から・昭和52年)
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| 宮川街歩きマップ |
今回は、JR茅野駅内にある茅野市観光センターでいただいた「宮川街歩きマップ」を参考に、寒天蔵のある風景に会える街の見どころを訪ねてみます。
(写真:かんてんぐら=11日午前撮影、640×480拡大可能)
<参考HP>
・ かんてんぐら(宮川くらの会)
http://www.chinonet.net/miyakura/
・ 鈿女神社
http://www.okame.info/
<今回の街歩きコース>
かんてんぐら(地図)→三輪社→おかめ神社→イリイチ寒天蔵→増木寒天蔵→松木寒天蔵→上川橋→円通山宗湖寺→木落し公園→甲州街道・一里塚→かんてんぐら
<参考資料> かんてんぐら
この建物は、昭和初期、岡谷に在った繭蔵を移築し寒天倉庫として使ってきたものです。明治から大正期、岡谷は製糸で栄えていました。昭和に入り製糸が下火になるのと入れ替わるように、ここ茅野では寒天作りが盛んになっていました。
『かんてんぐら』はそんな風景の中、岡谷から移築されてきたものです。繭倉として建てられてから築百年以上と考えられています。この地域300m圏内に同じくらいの規模の「寒天倉」はこれを含め4棟在りますが、共に岡谷の繭倉を移築したものです。
寒天倉庫としての役目を終えたこの『かんてんぐら』を、平成21年、多目的ホールに改築して、現在は音楽をはじめとする様々なイベント等で使用しています。
<参考資料> 明治天皇御小休所跡
| 五味邸跡 |
天皇は、明治十三年六月二十三日午後二時過ぎ、五味邸にお着きになり、約一時間お休みになった。お供には伏見宮・太政大臣三條実美・参議伊藤博文・同寺島宗則などのほか、勅任官・奏任官・判任官、及び警固の者まで加えるとその数三百人とも五百人とも伝えられている。
お迎えした給仕には五味又三・大島総十郎・五味嘉与助が当たり、天皇及びおもだった供奏者には、宗湖庵の井戸から運んだ水を用いてお茶を差し上げたという。
(案内板から)
明治十三年明治天皇は山梨・三重・京都御巡幸の際茅野をお通りになり、丸井伊藤商店前の五味三郎宅で御休憩された。出発は六月十六日で二十三日山梨県から諏訪に入られ午後に地に五味宅へお着きになった。一行は伏見宮・太政大臣三條実美・参議寺島宗則・伊藤博文等五百余名が従者としておいでになり、小休所では宗湖庵の井戸水を用いてお茶を差し上げた。御下賜品は白羽二重一匹・金拾五円、宗湖庵へは金五十銭を賜った。一行は約1時間お休みになって上諏訪へご出発された。
(丸井伊藤商店前に設置された案内板から)
明治天皇の巡幸について「宮川街歩きマップ」に詳しく記されていますので引用しておきます。また、資料については
明治天皇は明治十三年に民情ご視察のため、伏見宮・三条太政大臣・参議寺島宗則・同伊藤博文らをお従えになり、山梨・三重・京都地方をご巡幸になった。六月十三日東京をご出発、甲州路より諏訪に入られ、二十三日午前十時ごろ、長野県令楢崎寛直のご先導により蔦木宿の本陣有賀源六宅にお着きになった。約一時間ご小休の後に出発。今の釜無河原平岡でご小憩。ここより御馬車を板輿に替えられて富士見町原の茶屋の戸長役場に向かわれた。ここで一時間ほどお休みになり二頭立ての御馬車で金沢宿本陣白川潤一郎宅に着かれたのは正午であった。ご食事の後、午後一時半ご出発、茅野五味和三郎宅でご小休、この時奉幣使を上社にお遣しになった。午後五時ごろ、諏訪市旧高島小学校の行在所に着かれてご宿泊された。
<参考資料>
市指定文化財 三輪社
| 三輪社 |
本殿は文化元年(一八〇四)三月に矢崎糺玖右衛門により建築され、拝殿は文政三年(一八二〇)に建築されたが、明治四一年に改築している。
本殿の彫刻は、大隅流の流れをくむ矢崎玖右衛門の代表作である。江戸時代の建築の、彫材の技巧をこらした傾向がよく現れている。題材はすべて中国の歴史物語にとり、北面には「蜀の三傑桃園に義を結ぶ」の図、東面は「黄石公張良に兵書を授くる」の図、南面は「玄徳赤兎馬に鞭打って潭渓を越ゆる」の図である。欅を材として、半肉彫で、空間構成もよくととのい、春高い芸術作品である。
(茅野市教育委員会設置の案内板から・昭和55年)
<参考資料> 鈿女(おかめ)神社
| 鈿女(おかめ)神社 |
昭和八年統治の商業者が商売繁盛 家内安全 厄除け 縁結び祈願のために、安曇の松川村より分社して以来地元宮川商業会がお守りしています。
福の神としておかめ様があり「笑う門には福来たる」として 心の明るさと癒しを与えてくださいます。
鈿女の字を分けて見ると金田女神社となり お金の貯まる神社として縁起もよく人々に愛されております。
(宮川商業会 宮川街づくり協議会設置の案内板より)
| 増木寒天蔵 | |
| 松木寒天蔵 | イリイチ寒天蔵 |
<参考HP>
・ 松木寒天産業
http://www.kanten.co.jp/
・ アルプス印 イリイチ寒天
http://www.iriichi.jp/
<参考資料> 板倉
八ヶ岳山麓周辺に残るくらの多くは「板倉」です。
板倉の古いものは「セイロ」と呼ばれる「井籠倉」で建物の隣で井桁に組まれた形式のものですが、この『かんてんぐら』は「オトシ」と呼ばれる「落し板倉」です。
「オトシ」とは、大きな梁で支えられた柱と柱の間に1.5~2寸(5~6cm)の厚みの板材を柱の溝に沿って落とし込む形式のものですが、この地域の多くのくらはこの「板倉」です。
板倉は、釘を使っていないのも特徴の一つです。土壁を落として解体すれば、又別の場所で組み立てることができます。豊富な森林資源を背景に数百年にわたって作り続けられたくらですが、先人達が自然と上手く共存しながら生活する中で、資源を建築に活かす技術の集大成であり、木と土の文化が生み出した世界的にも稀な木造建築です。
(宮川「くらの会」設置の案内板から)
| 円通山宗湖寺 | 法の真水(明治天皇御前水) |
<参考資料> 円通山宗湖寺の由来
円通山宗湖寺は諏訪家中興の祖諏訪頼忠公(法名永明寺殿晃山宗湖大庵主)の菩提所であります。
天文十一年惣領家諏訪頼重が武田氏によって滅ぼされて以来、雌伏四十年上社大祝職にあった頼忠公(頼重の従弟)は、密かに再興の機を窺って居りましたが、天正十年武田氏が天目山に滅び、織田信長も又本能寺の変に討滅されるや、いち早く兵を挙げ再び諏訪の地を旧領に復しました。頼忠は慶長六年関ヶ原の戦いでは江戸城の留守役を務め、二代将軍秀忠と行動し、戦功により、再び故国諏訪の地に移封となり、頼忠・頼水父子領民歓呼の裡(うち)に旧領に復帰したのであります。帰国後四年、頼忠既に齢七十一歳を閲みし、慶長十年八月二十一人その寿を全とうして卒去、永明寺(茅野市上原地籍、上原五山のひとつ)に葬られました。
(TMO宮川街づくり協議会設置の案内板から)
<参考資料> 寺紋 梶の葉
この四本足の梶の葉は、諏訪大社大祝諏訪氏の定紋で、古くは諏訪明神の生き神様大祝が着用した衣服に使われていました。従ってこの紋は、諏訪明神の神威と大祝の身分をあらわすものでした。
(TMO宮川街づくり協議会設置の案内板から)
<参考資料> 法の真水(明治天皇御膳水)
宗湖寺の水は、八ヶ岳の阿弥陀岳より深い地層の中を通り、フォッサ・マグナの岩盤の下より湧いていると考えられています。
明治天皇は明治十三年六月二十三日に茅野に巡幸され、御小休された際に御膳水として宗湖寺の井戸水を利用しお茶をさし上げました。冷たい天然水を飲んでみると甘くてヒンヤリとした水が喉を通り、明治時代の思いをはせながら茅野の水の豊かさを実感します。
石碑は、砥川の石を用い、台石は霧ヶ峰産であり、文字は諏訪大社宮司高階研一氏の筆であります。
(TMO宮川街づくり協議会設置の案内板から)
<参考資料>
曹洞宗 圓通山 宗湖禅寺 山門由来
此の門は明治十三年 明治天皇 山梨、長野、三重、京都御巡幸の砌、当地五味和三郎邸にご休息に成られた、その折り、旧諏訪藩家老千野家の門、通称三の丸の御門を移築しお迎え申し上げた奉迎門で有る。
六月二十三日 天皇は二頭立ての輦車に乗られ、伏見宮・太政大臣三條実美、参議伊藤博文、同寺島宗則、又宮内大書記官山岡鉄舟等数百名の供奉者扈従のものと同邸に御小休遊ばされた。
その折り当宗湖寺の井水を御膳水として湯茶の接待に供された。
爾来この門は百十数年此の地に有り一時は県史跡として保存指定を受け代々管理継承されて来たが、この度現在の当主五味宏太郎氏より五味家先祖の菩提供養と史跡保存のため、当時に寄進されるところとなった。
抑 当時宗湖寺は頼岳寺十九世覚海真禅和尚が、諏訪氏中興の祖諏訪頼忠公の位牌所の荒廃に憂い、一山を建立し以て公の霊を祀るべく常々親交厚く勢威並びない、時の城代家老千野兵庫の物心の亙る庇護のもの当寺を建立するに至ったもの。
今又五味家より千野家由来の門の寄進を得たるは当寺に一層の光彩を添えたるのみ成らず、仏縁にいよいよ深きを覚えるものである。
(円通寺 宗湖寺設置の案内板から・平成15年)
| 木落とし公園から見える風景 (パノラマ写真は 1280*332 拡大可能) |
|
<参考資料> 御柱(おんばしら)
七年(数え年)に一度天下の大祭、諏訪大社御柱祭、四月に行われる「山出し」の最大の見せ場であり又、難所でもある「木落しの地」です。坂の長さ約三十六M、最大斜度二十七度とまさに断崖です。
めどでこに大勢の若者を乗せて、木遣り一声、一気に急坂を下りると沸き起こる拍手と歓声。木落しは男たちの度胸の見せ所です。
この御柱は前回、平成十六年の大祭に本宮四の御柱で曳行されたご神木です。次回平成二十八年の御柱まで設置しておきます。なお、危険ですので柵の中に入ったり御柱に乗らないでください。けが等をされても一切責任は負えません。
(晴ヶ峰西山観光協会設置の案内板から)
今回の街歩きで、マップに記載はあるものの、なかなか場所がわからなかったものが江戸から50里(約200キロ)の位置にあった甲州街道の一里塚でした。
これぞっと思った脇道に入りひたすら探し歩いてみるものの、道沿いにはそれらしきものは見当たらず、なかには行き止まりになっている道も。
そうしたなか、役だったのが「甲州街道てくてくマップ」(茅野市公民館 学習専門委員会作成)。そこには「かつて街道の両脇に築かれた塚は取り壊され、民家の間に碑だけがひっそりと残ります」という一文でした。
改めて、甲州街道と思われる道を歩くと、左手にある民家の石段を進んだ先(写真参照)に目指す一里塚を紹介する案内板がありました。分かりにくい位置にありますので、参考までに(
<参考資料> 一里塚
| 甲州街道・五十里塚 (右側の石段を進んだ先) |
現在はその跡を示す碑がたてられている。
(茅野市教育委員会設置の案内板から)
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| 諏訪大社上社御柱祭 抽籖式 | |
諏訪市の諏訪大社上社で15日、御柱祭で曳行を担当する柱を決めるための抽籖式が行われました。
本抽籖で注目の本宮一を引き当てたのは、豊田・四賀地区(諏訪市)で、大正9年(1920)以来96年ぶりの快挙。本宮二は中州・湖南(こなみ)地区に決まり、諏訪市が本宮一と本宮二を曳く大役を担うことになりました。
(写真:諏訪大社上社で行われた抽籖式の様子=15日午前撮影、640×480拡大可能)
今週のできごと
※ここでは先週の金曜日から今週木曜日までの諏訪周辺のできごとを掲載
12日(金)
<御柱祭>こども木遣隊発足
(茅野市・米沢・湖東・北山3地区木遣保存会)
<御柱祭>
下社木落し有料観覧席抽選
最高倍率19.5倍(長野日報)
<御柱祭>
新しいおんべを金沢木遣保存会へ授与(茅野市)
<御柱祭>「御頭郷通信」を発行
(茅野市・金沢地区祭典委員会)
・諏訪市内の最低気温氷点下5.2度
・小中学校で寒天を材料にした献立(茅野市)
13日(土)
<御柱祭>旧岡谷市木遣り団 結団式(岡谷市)
<御柱祭>豊田・四賀地区で喇叭隊結成(諏訪市)
<御柱祭>期間中提供する宅配料理の試食会
(諏訪市・ベルファイン橋場)
<御柱祭>特製仕出し料理の内覧会
(茅野市・マリオローヤル会館)
・寒天の日PRイベント
(茅野市・JR茅野駅東口イベントスペース)
午前10時から午前11時30分まで
生天(ところてん)1袋(550g)無料配布(先着500名)
寒天入りとん汁の無料配布(先着500名)
角寒天品評会出品製品(25本1束)を2000円で販売
(25本1束・100束限り)
・ユニバーサルフィールド体験会
(富士見町・富士見高原リゾート)
14日(日)
・諏訪市の最低気温4.2度
<御柱祭>湊御柱祭典委員会 曳行総練習
※湊地区は下社御柱祭で春宮四之柱を担当
(岡谷市湊・船魂神社横道路)
<御柱祭>
長池御柱祭典委員会 追い掛け綱の綱打ち
※長池地区は下社御柱祭で春宮二之柱を担当
(岡谷市長池・芝宮館)
<御柱祭>
上諏訪地区奉賛会山造り委員 法被新調
<御柱祭>てこ棒の加工作業(諏訪市四賀)
<御柱祭>泉野地区で2回目の合同メデドコ練習
(茅野市・小屋場区民広場)
・下諏訪町スキー大会
(諏訪市・霧ヶ峰スキー場)
・茅野国際スケートセンター今季閉場(茅野市)
・伝統行事・悪魔払い(茅野市湖東新井)
・ユニバーサルフィールド体験会
(富士見町・富士見高原リゾート)
・八島神社でお筒粥神事(辰野町・八島神社)
16日市民新聞によれば、八島神社のお筒粥神事は、「1升5合の米に水を加え、束ねた20本のヨシの茎を入れて粥を炊く。神職が神前で茎を割って米粒の入った状態や数などで、その年の世相や農作物の作柄を占う」というもの。今年の世相は昨年と同じで6分6厘。農作物は秋の深まりとともに上向く結果となったそうです。
15日(月)
<御柱祭>
諏訪大社上社御柱祭抽籖式(諏訪市)
<御柱祭>
区内の氏子らが使うおんべ作り作業(原村)
・諏訪市の最低気温氷点下0.6度
16日(火)
<御柱祭>
JA信州諏訪で仕出し料理の内覧会
<御柱祭>
米沢・湖東・北山地区で木作りの練習
(茅野市北大塩・JA信州諏訪出荷所)
<御柱祭>
諏訪大社下社御柱祭
曳行分担決定奉告祭
(下諏訪町・諏訪大社下社秋宮)
<御柱祭>
諏訪大社上社御柱祭
曳行担当の柱と大総代対面
(上伊那郡辰野町横川・かやぶきの館)
・市営温泉「精進湯」今年度末に廃止(諏訪市)
・上川・宮川水系の渓流釣り(茅野市)
17日(水)
<御柱祭>曳行担当地区に「枝分け」
(上社御柱祭安全対策委員会)
・八ヶ岳連峰・蓼科山で男性遭難
・県内公立高校前期試験合格発表
18日(木)
<御柱祭>
上社木落し観覧席申し込み
県民枠3日間で200件(長野日報)
<御柱祭>第3回曳行長会議
(岡谷市・岡谷市御柱祭典委員会)
・初午の式(諏訪市・市役所屋上)
・八ヶ岳連峰・蓼科山の遭難者救助
来週以降のできごと
19日(金)
・企画展「料紙の彩り~古筆の紙にみる王朝のみやび」
(諏訪市・サンリツ服部美術館、3月27日まで)
・山歩き講座~スノーシューで八ヶ岳鼻戸山へ
(原村・原村中央公民館)
20日(土)
・小学生を対象にした スポーツ雪合戦大会
(諏訪市・霧ヶ峰スキー場)
・富士見の日イベント(富士見町・町民センター)
井戸尻考古館・歴史民俗資料館(入館無料)
午前10時:オープニングセレモニー
午前8時:キッズスポーツ祭
午前9時:町役場庁舎屋上ガイド
午前10時:移動カフェ&特産品フェア
午前11時30分:ルバーブカレー振る舞い
・たつの荒神山温泉 春まつりひな祭り
(辰野町・辰野パークホテルほか、3月6日まで)
21日(日)
・富士見の日イベント(富士見町)
井戸尻考古館・歴史民俗資料館(入館無料)
午前9時:ミニアドベンチャー in 入笠山
(富士見パノラマリゾート)
午前9時30分:冬の八ヶ岳ガイドツアー
(富士見高原リゾート)
28日(日)
・伊那部宿~雅楽演奏会
(伊那市・旧伊沢家住宅)
我が家のできごと
15日(月)
<オヤジ>ショートスティへ
16日(火)
<オヤジ>皮膚が荒れ痒みを伴うとのことで病院へ
4月からオヤジも老人保険施設(老健)に入居することになりました。
ディサービスやショートスティに通うなかで、現状維持ができればと思っていましたが、なかなかそれも難しく、今回こうした状況となりました。本人にはとても気の毒ですが、オフクロの負担が減ることを考えると、これも致し方ないのかなぁ…と思っています。
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