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管理人の思いつくまま、気の向くまま、長野県内の町や村の話題を取り上げています。

120108_1511_長倉の牧・牧堤跡(軽井沢町)

北佐久郡軽井沢町中軽井沢の国道18号線から千ヶ滝方面に進んだ、閑静な別荘地(地図)に残る官牧の跡。 (写真=8日撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 軽井沢観光情報
  http://kanko.town.karuizawa.nagano.jp/

<参考資料> 長倉の牧(牧堤跡)
長倉の牧は平安時代初期のころ設定された官牧であって佐久三牧(望月・塩野・長倉)の一つで今の中軽井沢を中心に東西南北、軽井沢高原一帯を占めて広大な牧場があったものと考えられる。
ここからは年々朝廷への貢馬が出されその他は駅馬、役馬として交通産業の上に大きな役割を果たした。ここ富ヶ丘から古宿北方を走る牧堤跡は古来、「馬飼いの土手」と伝えられ史跡として重要である。 (軽井沢町教育委員会、軽井沢町文化財審議委員会設置の案内板から)




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100819_1129_軽井沢ショー記念礼拝堂(軽井沢町)

北佐久郡軽井沢町の旧軽井沢(旧軽銀座)付近は、かつて江戸・板橋宿から18番目の宿場があった場所。中山道有数の難所であった碓氷峠越えを控え、多くの旅人で賑わったと伝えられています。
しかし、明治以降の開発により宿場町の面影は失われ、現在は、二手橋から碓氷峠に至る峠道に、往来した旅人たちの労苦を偲ぶだけとなっています。 (写真:軽井沢ショー記念礼拝堂=8月19日撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 軽井沢町ホームページ
  http://www.town.karuizawa.nagano.jp/
・ 軽井沢町観光協会
  http://karuizawa-kankokyokai.jp/


 しなの鉄道軽井沢駅
100819_1339_しなの鉄道軽井沢駅(軽井沢町) 100819_1051_草軽電鉄・新軽井沢駅駅舎(軽井沢町)
 しなの鉄道軽井沢駅 旧軽井沢駅舎記念館 
 
  旧軽ロータリー
100819_1112_旧軽ロータリー前案内板(軽井沢町) 100819_1116_町営軽井沢駐車場(軽井沢町)
旧軽ロータリー前案内板 町営軽井沢駐車場
 
  旧軽井沢銀座(旧軽銀座)周辺
100819_1119_旧軽井沢銀座(軽井沢町) 100819_1117_旧軽井沢森ノ美術館(軽井沢町)
BOBOS karuizawa 旧軽井沢森ノ美術館
100819_1120_旧軽井沢銀座(軽井沢町) 100819_1121_旧軽井沢銀座(軽井沢町)
Lupicia 軽井沢店 (HP 聖パウロ教会通り
100819_1313_土屋写真館(軽井沢町) 100819_1120_サンクゼール軽井沢店(軽井沢町)
土屋写真店 サンクゼール軽井沢店 (HP
 
  つるや旅館周辺
100819_1125_あづまやさんの「力餅」(軽井沢町) 100819_1126_つるや旅館(軽井沢町)
あづまやさんの「力餅」 つるや旅館

<参考資料> 芭蕉句碑
馬をさへ ながむる 雪の あした哉
松尾芭蕉(一六四四~一六九四)「野ざらし紀行」(甲子吟行)中の一句。前書に「旅人をみる」とある。雪のふりしきる朝方、往来を眺めていると、多くの旅人がさまざまな風をして通って行く。人ばかりでない、駄馬などまでもふだんとちがって面白い恰好で通っていくよの意。(飯野哲二編「芭蕉辞典」による)
碑は、天保十四年(一八四三年)当地の俳人 小林玉逢によって、芭蕉翁百五十回忌に建てられたものである。 (軽井沢町設置の案内板から)

<参考資料>
英国聖公会宣教師A・C・ショー師がキリスト教布教の途にあって軽井沢を知ったのは、一八八五年(明治十八年)である。
師は翌年この地に暑さを避け、静思、休養、交親の場とし、構内に礼拝堂を建てて霊的よりどことした。
現在の礼拝堂は由緒あるこの地に在り、いまもなお天地創造の神を賛美し、静思、祈祷、聖書読修の場としてここを訪れるすべての人に解放されている。

・ 軽井沢銀座商店会
  http://www.karuizawa-ginza.org/
・ つるや旅館
  http://www.tsuruyaryokan.jp/
・ 俳聖 松尾芭蕉・芭蕉庵ドットコム
  http://www.bashouan.com/
・ 公益財団法人 江東区文化コミュニティ財団
  http://www.kcf.or.jp/basyo/
・ 芭蕉にふるさと伊賀 芭蕉翁記念館
  http://www.ict.ne.jp/~basho-bp/


 熊野皇大神社(碓氷峠)周辺
100819_1211_熊野皇太神社(軽井沢町) 100819_1219_熊野皇太神社(軽井沢町)
長野県と群馬県境にある 熊野皇大神社
100819_1213_熊野皇太神社・みくにふみの碑(軽井沢町) 100819_1216_熊野皇太神社・力餅のいづみや(軽井沢町)
みくにふみの碑 峠の力餅「いづみや」
100819_1237_県道133号線・軽井沢町峠町(軽井沢町) 100819_1214_上州坂本宿に続く中山道(軽井沢町)
神社がある「軽井沢町峠町」集落 上州坂本宿へ続く中山道

ウォーキング・中山道軽井沢宿から碓氷峠へレポ
100819_1301_碓氷峠遊歩道(軽井沢町)
「熊に注意」の看板
しなの鉄道軽井沢駅から峠までの距離は片道およそ7キロほど。駅からまっすぐ伸びる道(三笠通り)を歩き、旧軽井沢銀座(旧軽銀座)を抜けて、宿場町の外れにある「二手橋」を渡るといよいよ峠道。
案内によれば、峠までは途中に設けられている遊歩道を歩くように決められていますが、今回は車道をそのまま峠道へと向かいました。最近、軽井沢では熊や猿の被害が多く(写真右)、独り歩きの場合、むしろ往来のある車道を歩いていたほうが安心なのでは…と判断したからでした。因みに、峠までをの車道は明治11年(1879)の明治天皇北陸東山道御巡行の際に改修されたもの。旧中山道は遊歩道と重なりながら峠へと続いています。
二手橋から歩くこと約3キロ。NTTドコモの中継局を巻き、最後の坂をひと上りすると、ようやく目指す熊野皇大神社が見えてきました。熊野皇大神社は、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国平定の帰路、この碓氷峠で濃霧にまかれた時に八咫烏(やたがらす)の道案内により無事、嶺を越えることができたことから熊野の大神を祀ったことに由来するそうです。この日の神社周辺は霧が周囲を覆い、神秘的な雰囲気を醸し出していました。
神社前から群馬県側に歩くとあるのが「史蹟 赤門屋敷跡」。中山道を往来した大名行列が休憩した場所で、加賀藩前田家の御守殿門を倣って造られた朱塗りの赤門がここにはありました。しかし、明治以降の国道や信越線の開通により峠道を利用する旅人が減少するなかで、やがて赤門屋敷は朽ち果て、現在はその場所を示す案内板だけとなっています。このほか峠には、漢数字で詠まれた和歌を刻んだ「みくにふみの碑」などが残されています。

<参考資料> 史蹟 赤門屋敷跡
江戸幕府は諸大名を江戸に参勤させた。此の制度の確立の為「中山道」が碓氷峠「熊野神社」前を通り、此の赤門屋敷跡には「加賀藩前田家」の御守殿門を倣って造られた朱塗りの門があった。諸大名が参勤交代で浅間根腰(ねごし)の三宿(追分 沓掛 軽井沢)を経て碓氷峠に、また上州側坂本宿より碓氷峠に到着すると、熊野神社に道中安全祈願詣でを済ませて、此の赤門屋敷で暫しのほど休息し、無事碓氷峠迄来た事を知らせる早飛脚を国許(くにもと)また江戸屋敷へと走らせた。江戸時代の終り文久元年(一八六一)仁考天皇内親王和宮様御降下の節も此の赤門屋敷に御休憩された。
明治十一年明治天皇が北陸東山道御巡行のみぎり、峠越えされた行列を最後に、旅人は信越線または国道一八号線へと移った。上州坂本より軽井沢までの峠越えの道は廃道となり熊野神社の社家町「峠部落」も大きく変り赤門屋敷も朽ち果て屋敷跡を残すのみとなった。
此の屋敷は熊野神社代々の社家「峠開発の祖」曽根氏の屋敷であり心ある人々からは由緒ある赤門「御守殿門」及び格調高い「上屋敷」の減失が惜しまれている。

赤門の由来
現在、東京本郷 東大赤門が現存しており、此の門は文政十年(一八二七)今から約百七十年前、加賀藩主前田斉泰(なりやす)に嫁いだ十一代将軍徳川家斉の息女溶姫の為に建てられた朱塗りの御守殿門であり、重要文化財に指定されている。 (熊野神社設置の案内板から)

<参考資料> 「みくにふみの碑」
四四八四四 七二八億十百 三九二二三 (よしやよし なにはおくとも みくにふみ)
四九十 四万万四二三 四万六一十 (よくぞ よままし ふみ よまむひと)

よしやよし 何は置くとも み国書(ふみ)
よくぞ読ままし 書(ふみ)読まむ人 の意である。
これは峠の社家に伝えられていたものを滅失を恐れて昭和三十年…(判読不明)…建てたものである。





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