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管理人の思いつくまま、気の向くまま、長野県内の町や村の話題を取り上げています。

160206_1034_「明けの海」となった諏訪湖(岡谷市)

期待されていた諏訪湖の御神渡りでしたが、29日の雨により結氷していた湖の解氷が進行。その後も氷点下の日々が続くも、御神渡りが出現する十分な氷の厚さとならなかったため、判定を行う八剱神社は3日、今季の出現は厳しいと判断しました。
猛烈な寒波があれば、もしかしたら再び全面結氷となり、御神渡りへの期待も高まるのかもしれませんが、立春を過ぎると日中の気温も上昇するそうなので、御神渡りの出現は難しいと判断されたそうです。残念なことですね。
(写真:岡谷市湊から撮影した諏訪湖の様子=6日午前撮影、640×480拡大可能)

今週のできごと
※ここでは先週の金曜日から今週木曜日までの諏訪周辺のできごとを掲載
1月29日(金)
<御柱祭>富士見・金沢地区ラッパ隊合同練習
・日銀マイナス金利を導入
・12月の諏訪地域の有効求人倍率は1.31倍
・諏訪湖利用活性化連絡会(諏訪市)
 水陸両用バスの発着をSUWAガラスの里へ変更
・アユの稚魚出荷始まる
 (下諏訪町・県水産試験場諏訪支場アユ種苗センター)
30日(土)
<御柱祭>上社山出し・曳行予定時間発表
 (諏訪市・諏訪大社上社 曳行責任者会議)
・諏訪市の最低気温0.2度
降り続く雨に、御神渡りの出現に期待していた関係者のみなさんも落胆。
・映画「俳優亀岡拓次」公開
・諏訪実業高校「第7回学習成果発表会」
 (諏訪市・諏訪市文化センター)
31日(日)
<御柱祭>
  「わなぐり」(御柱と元綱を結ぶ)勉強会
 (岡谷市・小田井公会所、湊御柱祭典委員会)
<御柱祭>「四賀八和会」、練習用御柱の木作り
 (諏訪市・オギノ諏訪店駐車場)
 ※メド乗りの練習は毎週月・金曜日夜7時から
<御柱祭>JR茅野駅に特大しめ縄(茅野市)
<御柱祭>全戸400戸に配布する「おんべ」作り
 (原村中新田)
<御柱祭>富士見地区元綱係団結式
・節分祭
 (岡谷市成田町・成田山蓮華不動院)
・毘沙門天節節分会「第78回厄災除大祈祷会」
 (岡谷市湊・霊湊山久保寺)
・ウナギ供養祭(岡谷市・釜口水門)
・第11回木やり日本一コンクール・上社の部
 (茅野市・茅野市民館コンサートホール)
30日付長野日報「八面観」に、御柱祭における「木遣り」の役割についてこのように記されていました。

 木遣りなくして御柱はなく、
 御柱なくして諏訪はなし、
 木遣りこそ御柱の華である
 
・諏訪大社下社御柱祭 木落とし観覧席締切
 申し込み1万件超 (下諏訪町)
・新春節分大祈祷(富士見町・瑞雲寺)
2月1日(月)
<御柱祭>
 御柱祭誘客促進協議会設立総会(諏訪市)
<御柱祭>手作り「御柱人形」の販売開始
 (茅野市・JR茅野駅前市観光案内所)
・諏訪赤十字病院地域医療支援病院運営委員会
 (諏訪市・諏訪赤十字病院)
・諏訪医療圏調整会議(諏訪市・県諏訪合同庁舎)
・通所リハビリステーション「アストレ城南」開設
 (諏訪市高島)
・諏訪大社下社遷座式(下諏訪町)
・下諏訪町商工会議所会員大会・新春講演会
 (下諏訪町・下諏訪商工会議所3階)
2日(火)
・企画展「原田泰治が描く 日本のまつり」
 (諏訪市・原田泰治記念館、7月26日まで)
・観音節分祭(諏訪市小和田・甲立寺)
3日(水)
・諏訪市の最低気温氷点下7.7度
・諏訪大社節分厄除祭
・厄除節分祭
 (岡谷市長地・日限地蔵尊 平福寺)
・御神渡り観察に区切り(諏訪市)
・野立て太陽光発電施設自主規制
 (茅野市・湖東笹原地区、長野日報)
4日(木)
<御柱祭>小冊子「スワジン」発行
 (諏訪市・宮坂醸造)

来週以降のできごと
5日(金)
・ものづくりフェア2016(岡谷市)
6日(土)
・岡谷だるま祭り(岡谷市・小井川だるま堂)
・ものづくりフェア2016(岡谷市)
・アイスキャンドル2016
 (諏訪地域6市町村15ヶ所)
7日(日)
・岡谷だるま祭り(岡谷市・小井川だるま堂)
・頼岳寺節分会(諏訪市・頼岳寺、午後1時)
・白狐稲荷社初午祭
 (諏訪市四賀普門寺・白狐稲荷社、午前11時)
・第10回信州農村歌舞伎祭
 (伊那市・県伊那文化会館)
 神霊矢口渡 頓兵住家の段
 (下伊那郡大鹿村・大鹿歌舞伎保存会)
 菅原伝授手習鑑 寺子屋の段
 (下伊那郡下條村・下條歌舞伎保存会)
 奥州安達ヶ原三段目 袖萩祭文の段
 (伊那市長谷・中尾歌舞伎保存会)
11日(木)
・第9回寒の土用うなぎ祭り
・第6回信州どんぶり祭り
 (岡谷市・市民総合体育館)
特製タレを使った「幻のミニうな丼」は1つ800円で、限定1000食。午前10時に整理券を配布し、午前10時30分から販売開始となります。
・第65回諏訪地方スケート大会(岡谷市)
12日(金)
<御柱祭>こども木遣隊発足
 (茅野市・米沢・湖東・北山3地区木遣保存会)
13日(土)
・寒天の日PRイベント
 (茅野市・茅野市民館イベントスペース)
14日(日)
・下諏訪町スキー大会
 (諏訪市・霧ヶ峰スキー場)
20日(土)
・富士見の日イベント(富士見町・町民センター)
 井戸尻考古館・歴史民俗資料館(入館無料)
 午前10時:オープニングセレモニー
 午前8時:キッズスポーツ祭
 午前9時:町役場庁舎屋上ガイド
 午前10時:移動カフェ&特産品フェア
 午前11時30分:ルバーブカレー振る舞い
21日(日)
・富士見の日イベント(富士見町)
 井戸尻考古館・歴史民俗資料館(入館無料)
 午前9時:ミニアドベンチャー in 入笠山
 (富士見パノラマリゾート)
 午前9時30分:冬の八ヶ岳ガイドツアー
 (富士見高原リゾート)
28日(日)
・伊那部宿~雅楽演奏会
 (伊那市・旧伊沢家住宅)

我が家のできごと
1月29日(金)
<オヤジ>ショートスティから帰宅
2月1日(月)
<オヤジ>ショートスティへ

30日と31日は帰宅したオヤジの面倒を見たわけですが、2日間で2度オムツの取り換え作業を実施。後ろから管理人が両脇を抱え、反対側にいるオフクロが一気にズボンを下げて、パパッとオムツを交換するわけですが、50キロの半ばだら~りとした人間を持ち上げるのは、結構大変なもので、本人は満足そうでも、こちらはもうゼイゼイ。
横に転がしながらやりましょう…とのアドバイスもありました。ただ、ウ○コの場合もあるので、転がしながらやると更にそれを捏ねてしまう可能性もあるため、いろいろ思案した結果、それならば…と、オフクロとの共同作業で一度にやってしまったほうが良いということになったわけですね。
社会保障費の増加や介護施設の不足などで、在宅介護が推奨(半ば強制)されている昨今ですが、これだけは経験してみないと、それが本当に良いのか、悪いのか、判断することはできないのでは…と思っています。


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平成28年1月31日更新

041014_1008_上田城跡(上田市)
上田城跡(長野県上田市)

平成28年の大河ドラマ「真田丸」は、大坂夏の陣で徳川家康の本陣に突入し、「日本(ひのもと)一の兵(つわもの)」と称賛された真田信繁(幸村)が主人公。
ドラマに登場する信繁の父・真田昌幸、松代藩10万石の基礎を築いた兄・真田信之と互いに協力しながら危機を乗り越え、また敵味方に袂を分かった後でさえも、それぞれがそれぞれの、家族を気遣いながら歩み続ける姿は、時を越えた今を生きる私たちにも、心のどこかで通じるものがあるように思います。
三谷幸喜氏が描く、伝説の武将・真田信繁に期待しましょう。

天正10年(1582)3月、織田信長による甲州征伐により、甲斐の名門・武田家は天目山において勝頼の自害により滅亡。武田家に仕える真田家も存亡の危機を迎えます。信繁の父・昌幸は、織田家に仕えることを決め、信長から所領安堵を認められるものの、6月、本能寺の変において信長が討たれ、信濃は上杉・北条・徳川家による争いの場となり、真田家は再び、危機に立たされます。
昌幸は徳川家に仕え、その一方で信繁を上杉家に送り、動向を窺うなかで、徳川と北条が和睦。家康は、上野の沼田城を北条に引き渡すことを要求するものの、代々、関係を繋いできた沼田を失うことに同意しない昌幸は、これを拒否。
家康は上田を攻める(第一次上田合戦)ものの、昌幸の策により徳川軍に圧勝。
昌幸は天下人・豊臣秀吉のもとに信繁を人質として送り、豊臣家に忠誠を誓うなかで、所領の安定化を図ります。
慶長5年(1600)、関ヶ原合戦が勃発。昌幸と信繁は西軍に、信之は東軍につき、昌幸と信繁は中山道を関ヶ原に向かう東軍・徳川秀忠の軍勢を上田城で迎え撃ちます(第二次上田合戦)。昌幸の奇策と信繁の奮戦で真田勢は秀忠の軍勢を足止めさせる働きをするものの、関ヶ原では西軍が破れ、死罪を免れた昌幸と信繁は九度山へ配流されることに。
慶長16年(1611)、真田昌幸死去。信繁は九度山での生活を続けるなかで、豊臣家より大坂城入城の誘いを受けます。九度山を離れ、大坂城に入城した信繁は「真田丸」を築き、大坂冬の陣で奮戦。
慶長20年(1615)、戦国時代最後の戦いとなる大坂夏の陣が勃発。
信州・上田を離れること15年。
信繁が伝説の武将となる「時」を迎えます。

<真田信繁年譜>
永禄10年(1567)
:真田信繁( Wikipedia )出生
 ※永禄13年(1570)説あり
天正10年(1582)
2月
:織田信長による甲州征伐( Wikipedia
:柴田勝家を将とする北陸侵攻
1日:木曽義昌謀反
16日:鳥居峠の戦い
28日:武田勝頼、諏訪から撤退
 emoji 上原城跡(長野県茅野市)
 emoji 新府城跡(山梨県韮崎市)
 emoji 武田八幡宮(山梨県韮崎市)
3月
1日:穴山信君寝返り
2日:高遠城(長野県伊那市)落城
3日:勝頼、新府城放棄
7日:織田信忠甲府入り
11日:天目山(景徳院付近)において武田家滅亡
14日:武田信豊、小諸城にて自害
21日:信長、諏訪(法華寺)に着陣
24日:小山田信茂一族、甲斐善光寺にて処刑
 emoji 景徳院(山梨県甲州市)
:父昌幸、織田信長に恭順し所領安堵
 emoji 真田氏本城跡(長野県上田市)
 emoji 法華寺(長野県諏訪市)
4月
3日:信長、躑躅ヶ崎館着
  :恵林寺焼き討ち
10日:信長、甲府出立
21日:安土着
  emoji 恵林寺(山梨県甲州市)
6月
2日:本能寺の変( Wikipedia
 emoji 魚津城跡(富山県魚津市)
:天正壬午の乱( Wikipedia
:越後・上杉氏に帰属
 emoji 春日山城跡(新潟県上越市)
天正13年(1585)
8月
:第一次上田合戦( Wikipedia
 emoji 砥石・米山城跡(長野県上田市)
天正18年(1590)
2月
:豊臣秀吉による小田原征伐( Wikipedia
慶長5年(1600)
9月
:関ヶ原合戦( Wikipedia
:第二次上田合戦( Wikipedia
:紀伊国九度山に配流
慶長16年(1611)
:真田昌幸死去
慶長19年(1614)
:大坂冬の陣
:「真田丸」築造
慶長20年(1615)
2月
:家康、真田信尹を派遣
5月
:大坂夏の陣にて真田信繁討死
:豊臣家滅亡


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160129_1145_浪人塚・水戸浪士の墓(下諏訪町)
浪人塚(諏訪郡下諏訪町樋橋)

今週の諏訪地域は寒かった…。
25日の最低気温は氷点下13.0度。翌日26日は氷点下12.3度と、さすが諏訪だなぁ…と実感する気温に。このくらいの気温になると、寒いというより、もう痛い…という感覚でしょうか。
この寒さにより、諏訪湖もほぼ全面結氷となりました。29日の雨と気温で、湖面の氷は幾らか小さくなってしまったようですが、来週からまた氷点下10度以下になるという予報もでていますので、氷の厚さも増して、「御柱祭が行われる年は御神渡(みわた)りが見られることが多い」と伝わるように、もしかしたら御神渡りが見られるかもしれません。期待していましょう。

写真は諏訪郡下諏訪町樋橋集落にある「浪人塚」です。ここは、江戸時代末期、京都に向かう水戸藩の武田耕雲斎( Wikipedia )率いる浪士(天狗党)1000人と、これを阻止する諏訪高島藩・松本藩の藩士1000人が戦った和田嶺合戦(詳細:車山高原のリゾートイン レア・メモリー「歴史散歩」)が行われたところで、「浪人塚」は合戦で亡くなった戦死者を葬った地と伝えられています。
国道142号線を樋橋集落に向かって車を走らせていたところ、ついつい通り過ぎてしまい、Uターンするため待避所に立ち寄ると、そこに「水戸浪士の墓」と記された看板があり、偶然、この「浪人塚」を見つけることができました。
中山道といえば皇女・和宮のイメージが強いのですが、幕末にはこうしたできごともあったですね。
(写真:諏訪郡下諏訪町樋橋の国道142号線沿いにある「浪人塚」=29日午前撮影、640×480拡大可能)

今週のできごと
※ここでは先週の金曜日から今週木曜日までの諏訪周辺のできごとを掲載
22日(金)
・諏訪市内の最低気温氷点下7.7度
・物産展「よいてこしょ!すわいち」(長野市)
・諏訪湖にコハクチョウ今季最多の29羽
 (岡谷市・横河川河口周辺、長野日報)
23日(土)
<御柱祭>湖東地区抽籖総代選出式
諏訪大社上社御柱祭では、担当する御柱(本宮1~4、前宮1~4)を決める「抽籖式」(2月15日)が行われます。地区により「抽籖式」に参加する代表の決め方が異なるようですが、茅野市の米沢・湖東・北山地区では、各地区内で先ず予選を行い、続いて3地区の代表から1名(抽籖総代)を選び、諏訪大社上社の「抽籖式」に臨む習わしになっているそうです。
24日付長野日報記事によれば、23日は湖東地区で地区代表を決める予選が行われ、大総代・副大総代・9地区3自治役員の計38人がくじを引いたということです。
・おひぎりさま初縁日
 (岡谷市長地・日限地蔵尊 平福寺)
・茅野市が地域DMO設立へ(茅野市)
・JA信州諏訪のシンボルキャラクター
 「しゃすまる」宣伝部長を披露(茅野市)
・八ヶ岳連峰・大同心で遭難
・富士見パノラマスキー場でリフト停止
 (富士見町)
24日(日)
<御柱祭>第11回木やり日本一コンクール
 (下諏訪町・下諏訪総合文化センター)
<御柱祭>
 「古御柱祭」の由来を学ぶ学習会(諏訪市)
「古御柱祭」とは御柱を普通の木に戻す神事で、中金子区では山出し後に諏訪大社上社本宮の境内にある御柱を曳き倒し(御柱倒し)、本宮の4本を区内の八立神社境内に曳行し安置(御柱休め)、新御柱の穴埋めなどの奉仕をされているそうです。
<御柱祭>米沢地区抽籖総代選出式
23日の湖東地区の抽籖総代選出式に続き、米沢地区でも24日に抽籖総代を決める選出式がコミュニティセンターで行われました。25日付長野日報によれば、米沢地区では地区大総代と副総代2名、5地区の代表の計8名が参加してくじが引かれたそうです。
<御柱祭>
 茅野市玉川地区でメドデコ乗りの練習
 (茅野市・菊沢公園グランド)
<御柱祭>
 茅野市泉野地区でメドデコ乗りの練習
 (茅野市・小屋場区民広場)
<御柱祭>北部地区で練習木を使った木作り
 (原村・JA信州諏訪北部支所駐車場)
<御柱祭>富士見地区御柱祭典委員会
25日(月)
・諏訪市の最低気温氷点下13.0度
最強寒波襲来と放射冷却現象により、25日の諏訪市内は氷点下13.0度を記録。諏訪郡原村では1月の観測としては史上最低となる氷点下16.9度となりました。ここまで寒いと、寒いっ…というよりも、顔が痛い状態で、さすがに諏訪だなぁ…と管理人も改めて感じたのでありました。
またこの寒さにより諏訪湖もほぼ全面結氷。3季ぶりとなる「御神渡り」への期待が高まっています。
・国公立大学2次試験願書受付開始
・東海大三高校推薦入試(茅野市)
<管理人>長野にて会議
26日(火)
<御柱祭>
 諏訪大社下社御柱祭観覧チケット申込状況
・文化財防火デー
・諏訪市の最低気温氷点下12.3度
「御神渡り」の判定を行う八剱神社関係者のよる結氷状況の確認が諏訪市の舟渡川河口で行われました。現在の氷の厚さは5センチほどで、今後、寒さが続けば更に氷の厚みが増すそうです。寒さが苦手な管理人ですが、なかなか見ることのできない「御神渡り」に期待して、この寒さ、もうちょっと我慢しようと思います。
27日(水)
<御柱祭>茅野署が放置車両対策訓練
<御柱祭>下諏訪駅前に「御柱祭」看板設置
・インフルエンザ注意報発令
・諏訪市の最低気温氷点下9.3度
・中央道諏訪湖SA(上り線)でトラック火災
・特産セロリの種まき(原村・長野日報)
・第47回信州フラワーショーウィンターセレクション
 (伊那市狐島・JA南信会館)
・第31回県伝統工芸品展
 (松本市・井上百貨店、2月2日まで)
28日(木)
<御柱祭>北山地区抽籖総代選出式
 湖東・米沢地区に続き、3地区最後となる北山地区の抽籖総代を決める選出式が28日、地区コミュニティセンターで行われました。29日付長野日報によれば、北山地区では地区大総代と地区代表の6名、計7名が参加してくじが引かれたそうです。
・諏訪市内の最低気温氷点下7.4度
・福升と福豆の準備(岡谷市・成田山蓮華不動院)
・湖面に「御渡り候補」氷の隆起確認(諏訪市)
29日付長野日報記事に「28日朝、同市渋崎の沖合から下諏訪町赤砂方面にかけて湖面に筋が伸び、所々で氷が隆起しているのを確認した」とこの日の様子が掲載されていました。御神渡り、見られるかな。
・第47回信州フラワーショーウィンターセレクション
 (伊那市狐島・JA南信会館)

来週以降のできごと
30日(土)
・映画「俳優亀岡拓次」公開
31日(日)
・節分祭
 (岡谷市成田町・成田山蓮華不動院)
・毘沙門天節節分会
 (岡谷市湊・霊湊山久保寺)
2月1日(月)
・下諏訪町商工会議所会員大会・新春講演会
 (下諏訪町・下諏訪商工会議所3階)
2日(火)
・観音節分祭(諏訪市小和田・甲立寺)
3日(水)
・厄除節分祭
 (岡谷市長地・日限地蔵尊 平福寺)
6日(土)
・アイスキャンドル2016
 (諏訪地域6市町村15ヶ所)
7日(日)
・第10回信州農村歌舞伎祭
 (伊那市・県伊那文化会館)
 神霊矢口渡 頓兵住家の段
 (下伊那郡大鹿村・大鹿歌舞伎保存会)
 菅原伝授手習鑑 寺子屋の段
 (下伊那郡下條村・下條歌舞伎保存会)
 奥州安達ヶ原三段目 袖萩祭文の段
 (伊那市長谷・中尾歌舞伎保存会)
13日(土)
・寒天の日PRイベント
 (茅野市・茅野市民館イベントスペース)
14日(日)
・下諏訪町スキー大会
 (諏訪市・霧ヶ峰スキー場)
20日(土)
・富士見の日イベント(富士見町・町民センター)
 井戸尻考古館・歴史民俗資料館(入館無料)
 午前10時:オープニングセレモニー
 午前8時:キッズスポーツ祭
 午前9時:町役場庁舎屋上ガイド
 午前10時:移動カフェ&特産品フェア
 午前11時30分:ルバーブカレー振る舞い
21日(日)
・富士見の日イベント(富士見町)
 井戸尻考古館・歴史民俗資料館(入館無料)
 午前9時:ミニアドベンチャー in 入笠山
 (富士見パノラマリゾート)
 午前9時30分:冬の八ヶ岳ガイドツアー
 (富士見高原リゾート)
28日(日)
・伊那部宿~雅楽演奏会
 (伊那市・旧伊沢家住宅)

我が家のできごと
23日(土)
オヤジが入所するショートスティへ
26日(火)
母親が定期診断

2月28日(日)に、管理人・ひろさくが勤務する営業所の地区(諏訪市四賀)で御柱を曳くための引き綱を作る「綱打ち」が行われるそうです。時間や場所など、詳しいことはまだわかりませんが、折角の機会ですので、会場を訪ね、あの太い綱がどのようにしてできあがるのか、しっかり見学してこようと思っています。


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140720_0954_春日山城跡・上杉謙信銅像(新潟県上越市)
上杉謙信公銅像

新潟県上越市春日山(地図)に、南北朝時代、越後国守護の上杉氏が築いたとされる山城( Wikipedia )。国指定史跡・日本百名城。
永正4年(1507)に起きた永正の乱で越後守護だった上杉房能( Wikipedia )を追放した後は、守護代の長尾為景が城主となりました。
永正の乱の後、関東管領であった上杉顕定が越後へ入り、長尾為景と上杉定実を追放させ国内の安定を図りますが、勢いを盛り返した為景・定実の軍により永正7年(1510)、長森原の戦い( Wikipedia )で敗死。戦後、為景と不和となった定実は春日山城を占拠し抵抗を続け守護としての権威維持を目指すものの失敗し、後は為景隠居後に跡を継いだ長尾晴景の弟・景虎(上杉謙信)に協力することになります。
天文17年(1548)、長尾景虎が兄の長尾晴景から家督を継いだ入城。天正6年に謙信が急死した後に発生した御館の乱( Wikipedia )において、上杉景虎( Wikipedia )を制した上杉景勝( Wikipedia )が入城し、群雄割拠する戦国時代を乗り切りますが、慶長3年(1598)、豊臣秀吉の命により会津へ転封。春日山城には越前北ノ庄から移ってきた堀秀治( Wikipedia )が入城します。
秀治は城内の普請や領地経営に努めますが、山城であった春日山城では不便であったことから新たに福嶋城の築城を計画。慶長12年(1607)、秀治の跡を継いだ忠俊( Wikipedia )が居城を福嶋城に移し、春日山城は廃城となりました。
(写真:新潟県上越市の春日山城跡=平成26年7月20日午前撮影、640×480拡大可能)

<管理人ひとこと>
140720_0957_春日山城跡・案内図(新潟県上越市)
春日山城 案内図
春日山城の見学は謙信公銅像前または春日山神社から本丸(天守台・大井戸)を巡り、二の丸・三の丸(米蔵・三郎景虎屋敷)を経て、出発地点の謙信公銅像に戻るコースが標準のようです。(参考:上越市HP
それぞれの郭をめぐる遊歩道が整備されていますが、山城特有の勾配もあり、夏ならば汗をかきかき、ぐるり歩いて所要時間は2~3時間程度といったところでしょうか。
春日山神社前の駐車場に車を停め、境内に続く石段を上がっても見学コースと合流しますので、春日山城へのお出かけにはこちらの利用をおススメします。

<参考HP>
・ 上越市ホームページ
  http://www.city.joetsu.niigata.jp/
・ 越後上越 上杉おもてなし武将隊
  http://www.uesugi-busyotai.com/


春日山城跡
140720_0858_春日山神社(新潟県上越市) 140720_0909_春日山城跡・お屋敷跡(新潟県上越市)
春日山神社 お屋敷址
140720_0911_春日山城跡(新潟県上越市) 140720_0914_春日山城跡・千貫門跡(新潟県上越市)
遊歩道 千貫門址
140720_0914_春日山城跡・上杉少弼入道宅址(新潟県上越市) 140720_0917_春日山城跡・虎口跡(新潟県上越市)
上杉少弼入道宅址 春日山城 虎口跡
140720_0919_春日山城跡・直江山城守宅址(新潟県上越市) 140720_0922_春日山城跡・毘沙門堂(新潟県上越市)
直江山城守宅址 毘沙門堂
140720_0932_春日山城跡・本丸跡(新潟県上越市) 140720_0933_春日山城跡・天守閣跡(新潟県上越市)
春日山城 本丸跡 天守閣址
140720_0941_春日山城跡・井戸曲輪跡(新潟県上越市) 140720_0940_春日山城跡・井戸曲輪にある「油流し」跡(新潟県上越市)
井戸曲輪跡 井戸曲輪の「油流し」
140720_0944_春日山城跡・二ノ丸跡(新潟県上越市) 140720_0932_春日山城跡・本丸跡から二ノ丸跡を望む(新潟県上越市)
春日山城 二の丸跡 本丸から二の丸を望む
140720_0946_春日山城跡・米蔵跡(新潟県上越市) 140720_0948_春日山城跡・上杉三郎宅址(新潟県上越市)
米蔵跡に残る土塁 上杉三郎宅址

<参考資料> 春日山城
上杉謙信公の居城として知られる春日山城は、今から約六百年程前の南北朝時代に築かれ、越後府中を守る拠点であった。
その後、謙信公の父為景公・謙信公・景勝公の三代にわたり普請に努め、現在見られるような大城郭になったと考えられている。
春日山城の特徴は、山頂の本丸跡から山裾まで連続する屋敷跡群と、裾野に巡らされた総延長千二百メートルの総構え(通称監物堀)である。
関東管領として、関東・北陸に覇を唱えた戦国大名の居城にふさわしい大城郭といえる。なお、この辺り(※上杉謙信公銅像周辺)は、かつて空堀が掘られていた。

<参考資料> 千貫門(せんかんもん)跡
春日山城の古地図に必ず描かれている門が千貫門である。それは、この門が古くから知られていたことを物語っている。
今でも門が建っていたと考えられる部分のみ、土塁が分断されていて、春日神社側からクランク状の道がここに通じている。
三方が土塁と土手に囲まれ、左に二本、一見道と思われる切通しがある。じつは、これは空掘の底で、侵入者を空掘から急峻な崖下に落そうとしたものであろう。
周到に計画された普請は、本丸と千貫門の外とを区画する重要な拠点であったことをうかがわせる。

<参考資料> 空掘
ここは通称搦手(からめて)、あるいは附内口で、春日山神社の郭をへて謙信の銅像の裏から登る道がここに通じています。それをたち切るのがこの空掘で、平素は橋がかかっていました。

<参考資料> 虎口(こぐち)
城に入る玄関にあたる所を「虎口」といいます。この虎口は、敵が城内に直進できなくするため、食違いになるよう工夫されています。春日山城は、謙信の頃に拡大され、壮大な城郭になったと考えられていますが、かつてここまでが城の範囲であったと推測されます。

<参考資料> 直江屋敷
上杉家の重臣直江家の屋敷跡と伝えられ、お花畑から千貫門までの間に上下三段の郭が造られています。現在は遊歩道があって使われなくなっていますが、郭と郭をつなぐ古道も残っています。
直江家は上杉謙信の父為景の代から重臣として仕え、山城守兼続は謙信の跡目を継いだ景勝の家老として活躍したことがよく知られています。景勝が会津へ国替えになったときに同行し、米沢藩三〇万石の城主となったことでもその活躍がしのばれます。

<参考資料> 毘沙門堂
この御堂には謙信公の信仰された毘沙門天の尊像(青銅製、約五〇センチ)が安置されています。尊像は景勝公のとき会津を経て米沢に移りましたが、嘉永二年の火災で傷みました。昭和三年に第十五代上杉憲章氏が東京美術学校に修理を依頼され、名匠高村光雲先生が一年余を費して修理いたしました。
そのさい先生は御分身をつくり、尊像の欠け損じたのをおなかに入れて同五年三月に完成し、当市(当時春日村)に寄進されました。
翌六年十一月んい、昔の堂跡にこの祠堂を建て奉安したのであります。
毘沙門天は悪魔を降ろす神です。謙信公は自らの軍を降魔の軍とみなし、毘の字の旗を陣頭にかざし、また事あるときはこの堂前で諸将に誓を立てさせました。毘沙門天は四天王のうち、北方を守る多聞天でもありました。
この尊像は多聞天のお姿です。公は王城の北方を守る意気をもっていたものと思われます。

<参考資料> 護摩堂
謙信が出陣前に毘沙門堂に籠ったことはよく知られていますが、戦勝や息災を祈祷したのが護摩堂です。護摩の修法(すほう)は、毘沙門天の信仰とともに謙信が真言密教を深く信仰していたことを如実に物語っています。

<参考資料> 本丸
南隣の天守台とともに春日山城の「お天上」と呼ばれた所です。標高一八〇mの本丸からは、かつて越後府中(直江津)と周辺の山々の支城跡や日本海が一望できます。
関川右岸に広がる、林に囲まれた村落が点在する風景は、慶長二年(一五九七)の「越後国絵図」に描かれた中世の景観とほとんど変わりません。関川の手前を手でかくして見てください。

<参考資料> 井戸曲輪
廃城後四百年の星霜を経て、今なお満々と水をたたえる大井戸は、春日山城が山城として最適の地に造られていることを教えてくれる。城の古地図にもここだけが井(※○に井)と、井戸があることを示しており、古くから注目されていたことがわかる。
どのようにして、水が湧く地点を調べたか定かではないが、地質学的には、西方の山々と礫層でつながっていて、サイフォンの原理が仂いて、水が湧くとのことである。
なお、数十年前に井戸さらいが行われ、滑車や杓などがみつかっている。

<参考資料> 油流し
本丸の西斜面は人の侵入を拒んでいるような急斜面となっていて「油流し」と呼ばれています。あまりの急斜面で滑ってしまうことから、油を流した時のように滑りやすい斜面の意味で名付けられたのかもしれません。

<参考資料> 二の丸屋敷
本丸から毘沙門堂を経てお花畑に至る実城と呼ばれる郭群の東裾を取り巻くように造られた郭で、実城とともに春日山城の中心地区を成しています。本丸の直下にあって、本丸を帯状に囲っている様子は、まさに本丸の警護として造作されたことを示すものと考えられます。
古地図には、「御二階」「台所」と記されたものもあり、現在も笹井戸といわれる井戸跡が残っていることも、当時の二の丸における生活を知る手掛かりとなっています。

<参考資料> 土塁
春日山城内で最も良好に残っている土塁跡です。郭を普請する際、削平したときに出た土を盛り堅め、防御の役割を果たしました。当時は、各郭にこのような土塁が築かれ、春日山城の守備をいっそう強固にしていたと想像されます。(米蔵址)

<参考資料> 三の丸屋敷跡
春日山では最も良好な状態で土塁が残る「米蔵跡」、謙信公が自らの名を与え住まわせた養子「三郎景虎屋敷跡」などを総称して「三の丸屋敷跡」と呼ぶ。それぞれの屋敷は段違いに造られて区分され、「景虎屋敷跡」の東端に入口が設けられ、今も道が残っている。
「米蔵跡」の名が示すように、城機能の中核施設が置かれた場所と考えられている。
三郎景虎公は、謙信公の死後に起こった「御館の乱」で敗れ、悲運の死を遂げた。公を慕って屋敷跡を訪れる人も多く、今、春日山城の中で最も注目を集めている所である。

<参考資料> 上杉三郎景虎屋敷
上杉謙信の死後、跡目を争った「御館の乱」で破れた悲劇の武将三郎景虎。小田原城主北条氏康の子で、人質として春日山城に来ました。謙信から景虎の名を与えられたことでも、人質としては破格の待遇であったことがわかります。また、美男として伝えられています。
跡目争いでは越後国外からの人質であったためか次第に援助の武将も離れ、最後は自害して一生を終えました。小説「炎の蜃気楼」で現代に蘇った景虎が美しい男性として描かれ人気を博しています。近年、春日山城で最も賑わいを見せている郭の一つです。





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平成28年丙申年諏訪大社式年造営御柱大祭PV
(御柱情報センター の youtube から)

御柱情報センターが公開している平成28年度の諏訪大社御柱祭PV。
(※PVは期間限定の公開)
現在、諏訪市内に仮住まい中の管理人ひろさくも、この機会に御柱祭の魅力に迫ってみたいと思っています。

<御柱祭日程> 
上社:山出し
平成28年4月2日(土)~4日(月)
上社:里曳き
平成28年5月3日(火)~5日(木)
上社:宝殿遷座祭
平成28年6月15日(水)
下社:山出し
平成28年4月8日(金)~10日(日)
下社:里曳き
平成28年5月14日(土)~16日(月)
下社:宝殿遷座祭
平成28年5月13日(金)


040403_1342_平成16年度御柱祭・木落とし(茅野市) 040403_1658_平成16年度御柱祭・川越し(茅野市)
040403_1537_平成16年度御柱祭・川越し(茅野市) 040403_1535_平成16年度御柱祭・川越し(茅野市)
平成16年度諏訪大社御柱祭(上社)
040411_1339_平成16年度御柱祭・萩倉集落(下諏訪町) 040411_1334_平成16年度御柱祭・萩倉集落(下諏訪町)
040411_1356_平成16年度御柱祭・木落とし坂上部から(下諏訪町) 040411_1435_平成16年度御柱祭・春宮四の柱の曳行(下諏訪町)
平成16年度諏訪大社御柱祭(下社)

<参考HP>
・ 御柱祭公式
  http://www.onbashira.jp/
・ 信濃國一之宮 諏訪大社
  http://suwataisha.or.jp/
・ 御柱祭いくぞやい(諏訪市)
  http://www.city.suwa.lg.jp/kanko/onbashira/
・ 下諏訪町観光協会
  http://shimosuwaonsen.jp/


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