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管理人の思いつくまま、気の向くまま、長野県内の町や村の話題を取り上げています。

150516_1157_関善光寺(岐阜県関市) 150516_1310_岐阜善光寺(岐阜県岐阜市)
関善光寺 岐阜善光寺
150516_1454_祖父江 善光寺東海別院(愛知県稲沢市) 150516_1101_ハイウェイオアシス美濃賀茂SA(岐阜県美濃加茂市)
祖父江 善光寺東海別院 美濃加茂SA周辺地図

16日、長野の善光寺と同時に開催されている関善光寺(岐阜県関市)・岐阜善光寺(岐阜県岐阜市)・祖父江 善光寺東海別院(愛知県稲沢市)の御開帳に出かけてきました。
この日の諏訪市内は前夜から雨降りという状況で、朝になっても厚い雲に覆われ、出かけるには躊躇したのですが、雨雲レーダーや天気予報によれば午後からは晴れるとのこと。朝8時に諏訪市内の仮住まいを出発し、中央自動車道・東海環状自動車道を通り、先ずは関善光寺へ。それから岐阜善光寺、善光寺東海別院の順で参詣し、最寄りの尾張一宮ICから長野へ一直線。大きな渋滞もなく、幸いにも眠くなることもなかったため、ひたすら高速道路を走り、長野の自宅には午後8時頃戻ることができました。
関東方面にも、中京・関西方面にも出かけられる諏訪に居ればこそ、できるドライブだったように思います。

今週のできごと
※ここでは先週の金曜日から今週木曜日まで、諏訪周辺のできごとを掲載
5月15日(金)
・アマチュアきき酒選手権・諏訪地区予選会
 (諏訪市・諏訪酒造協会)
16日(土)
・御田植祭(諏訪市・手長神社)
・「琵琶語りを楽しむ 平家物語」
 (諏訪市岡村・地蔵院)
・講座「上社をよく知ろう 前宮編」(茅野市)
・諏訪東部漁協で着服事件(茅野市)
<管理人>関・岐阜・祖父江の3善光寺めぐりへ
17日(日)
・第35回花まつり(岡谷市・成田山蓮華不動院)
・着物 DE 寺町・酒造めぐり(諏訪市)
・イベント「鎌倉道を歩いてみよう」(茅野市)
18日(月)
<花便り>水面に映えるツツジ~岡谷市常現寺沢
 (岡谷市・長野日報記事)
・富士見メガソーラー株式会社、黒字決算へ
19日(火)
・「東西茅野林野酉の倉」竣工式(茅野市)
<御柱祭>春宮三之御柱の本見立て(下諏訪町)
<管理人>体調を崩し、熱が37.4度へ( emoji 出勤 )
20日(水)
・諏訪地区観光客安全対策推進会議
 (諏訪市・県諏訪合同庁舎)
・国指定重要文化財の土偶、展示公開へ
 (富士見町・井戸尻考古館)
<管理人>熱が37度前半( emoji 出勤)
21日(木)
・満ち溢れるアイリス
 (岡谷市湖畔ジョギングロード・長野日報記事)
・第62回日本シルク学会(岡谷市、22日まで)
<管理人>ようやく平熱へ

来週以降のできごと
5月22日(金)
・信州松本 食と酒の博覧会2015
 (松本市・松本城公園、25日まで)
23日(土)
・やまぶき祭り(諏訪市・諏訪大社上社本宮)
・原村プレミアム付商品券発売(原村)
24日(日)
・第46回高島城祭(諏訪市)
・イベント「そと呑み!」(諏訪市)
 公式HP → http://sotonomi.com
・子どもミュージカル「あたたかい心」
 (茅野市・市民館マルチホール)
・婚活イベント「湖畔ウォーク」(下諏訪町)
30日(土)
・諏訪交響楽団第157回定期演奏会
 (岡谷市・カノラホール)
31日(日)
・女声合唱~スワ・セシリアコンサート
 (下諏訪町・下諏訪総合文化センター)
6月1日(月)
・第27回諏訪湖マラソン 受付開始
 諏訪湖マラソン → http://suwako.marathon.fm
6日(土)
・地球温暖化を考える日2015
 (茅野市・茅野市民館)
21日(日)
・まつり芸能楽「信濃」(茅野市)
伊那を拠点に活躍する歌舞劇団「田楽座」の創立50周年記念公演。茅野市の市民館で午後1時30分から。料金は大人3500円、小中高1500円。

我が家のできごと
17日(日)
定例となった伯父の見舞い。
我が家にはもうひとりマダラボケの年寄り(父親・介護2)がいるのですが、毎週訪ねるたびに感じるのは、伯父の痴呆のほうが、我が親よりも急速に進行していること。緊急入院した頃はまだまだ会話もできたものの、わずか3カ月程度に判断がこれほど判断能力が減退するとは努々思いもしないことでした。ヘンなところで意固地になり、担当する看護師さんのお話も聞かず、殻に閉じこもってしまったことが、どうやらることから、痴呆を進行させる原因になったのかもしれません。これまで手を焼いていたオヤジよりも、始末に負えないなぁ…というのが正直な感想だったりしています。
22日(金)
オヤジさま、ショートスティへ。
伯父の介護認定が決定。
予想していた以上に酷く、「介護4」認定へ。


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150516_1454_祖父江 善光寺東海別院(愛知県稲沢市)

愛知県稲沢市祖父江にある善光寺東海別院(地図)では、4月5日から5月31日まで、御本尊の一光三尊阿弥陀如来像の前に立つ前立本尊の御開帳が行われています。
祖父江は、天正10年(1582)、織田信長の次男・織田信雄( Wikipedia )により善光寺如来が岐阜城下から尾張国(現:愛知県あま市)の甚目寺にお移りになる際に立ち寄られた地と伝えられています。
善光寺東海別院( Wikipedia )は、明治42年(1909)・43年(1910)、当時は蓮田だった境内地に1本の茎から2つの花が咲く(双蓮頭)という奇瑞(きずい=めでたいことの前兆として起こる不思議な現象)があり、これが縁となって、開基・旭住(きょくじゅう)上人が信州善光寺本坊大本願より善光寺如来を勧請して創立(山号:双蓮山、寺号:善光寺)されました。境内では、6月下旬から8月まで数種類の蓮を楽しむことができ、「蓮寺」としても知られています。
(写真:善光寺東海別院=16日午後撮影、640×480拡大可能)

平成27年度 祖父江 善光寺東海別院御開帳
4月5日 開闢大法要
5月8日 中日大法要
5月31日 結願大法要

<参考HP>
・ 祖父江 善光寺東海別院
  http://www.zenkoji.com/
・ 全国善光寺会(中部地域)
  http://www.zenkojikai.com/
・ 六善光寺同時御開帳
  http://www.gokaicho.net/


平成27年度 祖父江 善光寺東海別院 御開帳
15_祖父江 善光寺東海別院御開帳(表) 15_祖父江 善光寺東海別院御開帳(裏)
祖父江 善光寺東海別院 御開帳パンフ

<ドライブメモ>
150516_1101_ハイウェイオアシス美濃賀茂SA(岐阜県美濃加茂市)
東海環状自動車道
ハイウェイオアシス
美濃加茂SA
諏訪IC→中央自動車道→土岐JCT→東海環状自動車道→ハイウェイオアシス美濃加茂SA(写真右)→富加関IC→県道58号線→  関善光寺(岐阜県関市) →国道156号線→県道92号線→国道248号線→鶯谷トンネル→ 岐阜善光寺(岐阜県岐阜市) →国道157号線→県道154・151・1号線→濃尾大橋(木曽川)→県道129号線→ 善光寺東海別院(愛知県稲沢市祖父江町) →県道67号線→国道155号線→県道14号線→一宮IC→名神高速・中央・長野・上信越自動車道→須坂長野東IC





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150516_1310_岐阜善光寺(岐阜県岐阜市)

岐阜県岐阜市にある善光寺安乗院(地図)では、4月5日から5月31日まで、御本尊の一光三尊阿弥陀如来像の厨子が開けられる御開帳が行われています。
戦国時代、武田信玄により信濃から甲斐(現:山梨県甲府市)へ移された一光三尊阿弥陀如来像(善光寺如来)は、天正10年(1582)の甲州征伐( Wikipedia )の際、織田信長により岐阜城下へ迎えられたものの、その年の6月に起きた本能寺の変で信長は斃れ、善光寺如来は信長の次男・織田信雄( Wikipedia )により尾張国(現:愛知県あま市)の甚目寺へ移られました。
岐阜善光寺( Wikipedia )は、信長の孫の織田秀信( Wikipedia )が、かつて善光寺如来が安置されていたこの地に稲葉善光寺堂を建立し、善光寺如来の御分身(御本尊)をお祀りしたことが始まりと伝えられています。
戦前は旧暦7月17日に公開されていたその御本尊でしたが、戦後は秘仏となり、その姿を拝むことはできませんでした。前回御開帳のあった平成21年から6善光寺同時御開帳に合わせ公開されるようになり、今回は戦後から数えて2度目の御本尊の御開帳となっています。
(写真:岐阜善光寺=16日午後撮影、640×480拡大可能)

平成27年度 岐阜善光寺御開帳
4月5日 開闢大法要
5月2日 中日法要(柴灯護摩供・火渡り)
5月31日 結願大法要

<参考HP>
・ 岐阜善光寺
  http://gifu-zenkoji.jp
・ 全国善光寺会(中部地域)
  http://www.zenkojikai.com/
・ 六善光寺同時御開帳
  http://www.gokaicho.net/


平成27年度 岐阜善光寺 御開帳
150516_1326_岐阜善光寺(岐阜県岐阜市) 150516_1330_岐阜善光寺(岐阜県岐阜市)
岐阜善光寺境内の様子
15_平成27年度岐阜善光寺御開帳(表) 15_平成27年度岐阜善光寺御開帳(裏)
岐阜善光寺 御開帳パンフ

<参考資料>
岐阜市指定重要文化財
木像釈迦如来坐像
安乗院に伝わる木像釈迦如来坐像は、時代的に古く、美術的に優れた仏像です。
像は、平安時代の作風を良く表しており、全体的に彫りが浅く、衣紋は流線的に表現されています。また、顔の表情は穏やかで、眼・鼻・髪などの細部にも時代の特徴が見られます。
像の伝承については確証はありませんが、明治時代の神仏分離で廃絶した満願寺(かつて伊奈波神社の神宮寺として所在)との関係も推測されます。
(岐阜市教育委員会設置の案内板から・平成17年)

<ドライブメモ>
150516_1101_ハイウェイオアシス美濃賀茂SA(岐阜県美濃加茂市)
東海環状自動車道
ハイウェイオアシス
美濃加茂SA
諏訪IC→中央自動車道→土岐JCT→東海環状自動車道→ハイウェイオアシス美濃加茂SA(写真右)→富加関IC→県道58号線→  関善光寺(岐阜県関市) →国道156号線→県道92号線→国道248号線→鶯谷トンネル→ 岐阜善光寺(岐阜県岐阜市) →国道157号線→県道154・151・1号線→濃尾大橋(木曽川)→県道129号線→ 善光寺東海別院(愛知県稲沢市祖父江町) →県道67号線→国道155号線→県道14号線→一宮IC→名神高速・中央・長野・上信越自動車道→須坂長野東IC





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150516_1157_関善光寺(岐阜県関市)

岐阜県関市にある関善光寺(地図)では、4月5日から5月31日まで、御本尊の一光三尊阿弥陀如来像の厨子が開けられる御開帳が行われています。
案内によれば、関善光寺( Wikipedia )は、江戸時代の宝暦4年(1753)、武田家家臣であった広瀬利広から5代目の広瀬新太郎利忠が祖父母供養のため小庵を建て、利忠が亡くなった後、7代目の利香が現在の大仏殿(旧本堂)を建立したことが始まりとされています。
現在の本堂は、寛政14年(1804)、長野善光寺大勧進 等順大和尚が出開帳の際に立ち寄り、多くの参詣者で賑わったことが縁となり、文政10年(1827)、約10年の歳月を経て現在の本堂が建立されました。
(写真:関善光寺=16日午前撮影、640×480拡大可能)

平成27年度 関善光寺御開帳
4月5日 開闢大法要
4月26日 中日大法要・稚児行列
5月31日 結願大法要

<管理人ひとこと>
御開帳期間中は専用駐車場が満車になる場合があります。
御朱印の受付は本堂左手にあります。

<参考HP>
・ 関善光寺
  http://www.seki-zenkoji.jp/
・ 関市観光協会
  http://www.sekikanko.jp/
・ 全国善光寺会(中部地域)
  http://www.zenkojikai.com/
・ 六善光寺同時御開帳
  http://www.gokaicho.net/


平成27年度 関善光寺 御開帳
150516_1216_関善光寺(岐阜県関市) 150516_1154_関善光寺(岐阜県関市)
150516_1155_関善光寺(岐阜県関市) 150516_1205_2_関善光寺(岐阜県関市)
御開帳で賑わう境内
150516_1202_関善光寺(岐阜県関市) 150516_1205_1_関善光寺(岐阜県関市)
行者堂 大梵鐘
15_平成27年度関善光寺御開帳(表) 15_平成27年度関善光寺御開帳(裏)
平成27年度 関善光寺 御開帳パンフ
 
<参考資料> 宝冠大日如来
仏教文化華やかなりし唐の玄宗時代、(約一千二百年前)に鋳造された仏像中で名作といわれ、我が国では極めて珍しい高さ約五メートル、千十三体の仏像を浮刻した大蓮台の上の慈眼温容の金銅坐像で、平成八年四月に落慶した八角の堂内に御本尊として安置され、結ばれた印形も非常に珍しく金胎両界に通じる霊験あらたな仏像です。(境内八角堂に安置)

<参考資料> 大仏殿(摂取殿)
150516_1208_関善光寺(岐阜県関市)
丈六阿弥陀如来
関市重要文化財 旧本堂
比叡山智堂大和尚を開基として宝暦三年(一七五三)一品親王の命により大垣市青墓竹本院の古跡を安桜山麓の当所に移し、名主新屋広瀬新太郎利忠が祖父母の供養の為に建立せられました。御本尊の丈六阿弥陀如来は木像仏として県下最大、約五百年前の作で、脇侍の観音菩薩、勢至菩薩と共に岩手県平泉中尊寺より千葉県泉倉寺を経て当山に安置され、その御腹中の胎内仏「宝冠阿弥陀如来」は行儀菩薩御作といわれ、「安産、育児の守護仏」として広く信仰されています。

<参考資料> 行者堂
役行者 別名
高祖神変大菩薩
役小角(エンノオズメ)・役優婆塞を祀る
我国修験道の始祖 西暦六三四~七〇一 舒明~大宝年間の人。大和葛城に生る、幼少より三宝に帰依し、葛城山の岩窟に隠棲、草衣木食して心身の垢離をとり、秘術を修すること三十年、孔雀明王の像を拝し、遂に呪術を以って鬼神を駆使するに至る。富士、金峯箕面の各山等々を登攀跋渉す、今日本各地の霊山の役行者の祀らざるはないとさえ謂れる。
(美濃篁講 関善光寺設置の案内板から)

<参考資料>
岐阜県重要文化財 大梵鐘
太平護国天尊、大明嘉靖庚子歳製、(一五四〇)の浮刻あり、明の十二世、世宗の時代の鋳造で重さ三トン県下最大の大梵鐘で国内で数少ない名鐘の一つ、鳴り響く鐘声は、世界平和、国家安泰、仏法興隆を祈願しております。


150516_1214_弁慶庵・惟然記念館(岐阜県関市)
弁慶庵 惟然記念館

<参考資料>
関市史跡 弁慶庵 惟然記念館
弁慶庵「惟然(いねん)記念館」は芭門十哲の一人、広瀬惟然( Wikipedia )の旧跡である。惟然は、この地に草庵を結び、日常、膳椀など七つの器だけで簡素な生活をしていたことから、七器山(しちきざん)弁慶庵と名付け、ここを本拠として、芭蕉をはじめ多くの俳人を全国各地にたずね歩き、吟行三昧に明け暮れしていたが、晩年はこの草庵にもどり、
 年の雲 故郷に居ても ものの旅
を最後の吟とし、宝永八年(一七一一年)二月九日、六四歳で没したといわれている。
この史跡内には
 鳥落人墳(ちょうらくじんづか) 宝永八年卯二月九日并建焉
と陰刻した笠塚があり、
 安心惟然居士
の墓碑もある。また、近くの本寺である香積(こうじゃく)寺には、惟然の位牌も安置されている。
庵は、宝永二年(一七〇五年)、父を慕った惟然の娘、智鑑尼(ちがんに)が入庵し、その後、智鑑尼を第一世とし、代々尼寺として引き継がれた。
もともと弁慶庵は入母屋造りの茅葺で、修改築を重ねてきたが、老朽したため解体し、惟然記念館「弁慶庵」として再建した。
(関市教育委員会設置の案内板から・平成5年)


150516_1152_関鍛冶始祖 元重翁之碑(岐阜県関市)
関鍛冶始祖 元重翁之碑

<参考資料>
関鍛冶始祖 元重(もとしげ)翁之碑
この碑は、関鍛冶の始祖と伝えられる元重を顕彰し、関の刃物産業の発展を願って、大正四年(1915)に建立されました。
始祖を元重と伝える最古の史料は、宝徳二年(1450)に、美濃国守護代斎藤利永によって編纂された「美濃国鍛冶系図」です。その筆頭に記された元重には、「濃州(のうしゅう)関鍛冶之初也、本国九州之住人也」と注記があり、鎌倉時代末頃の人と考えられています。
以来、「折れず、曲がらず、よく切れる」という、刀にとって不可欠の要素を追求してきた関の刀剣は、後に「関伝(せきでん)」と称されるようになり、戦乱期の室町時代中期から末期にかけて、大いに隆盛をきわめました。刀鍛冶の代表流派は、美濃(関)伝の他に、大和、山城、備前、相州(そうしゅう)の各伝がありますが、その伝統を引き継ぎ、今日にいたるもなお「刀都(とうと)」とよばれているのは関市のみです。
中世に始まった伝統技法を、多くの先人のたゆみない努力で保持し発展させてきた関にとって、元重を「刀祖」として崇敬することが、地場産業のかぎりない躍進と、ハイテクノロジーへの挑戦を願うものの心の表れといえます。そうした心をこめて、毎年11月8日には、この碑の前で元重を称える「ふいご祭り」がとり行われています。
(元重保存会設置の案内板から)

<ドライブメモ>
150516_1101_ハイウェイオアシス美濃賀茂SA(岐阜県美濃加茂市)
東海環状自動車道
ハイウェイオアシス
美濃加茂SA
諏訪IC→中央自動車道→土岐JCT→東海環状自動車道→ハイウェイオアシス美濃加茂SA(写真右)→富加関IC→県道58号線→  関善光寺(岐阜県関市) →国道156号線→県道92号線→国道248号線→鶯谷トンネル→ 岐阜善光寺(岐阜県岐阜市) →国道157号線→県道154・151・1号線→濃尾大橋(木曽川)→県道129号線→ 善光寺東海別院(愛知県稲沢市祖父江町) →県道67号線→国道155号線→県道14号線→一宮IC→名神高速・中央・長野・上信越自動車道→須坂長野東IC





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150314_1036_大熊城跡(諏訪市)

諏訪市湖南大熊(地図)にある諏訪神社上社大祝側に属した山城。
天文11年(1542)に武田信玄の侵攻により落城。
(写真:大熊城跡と土塁上の石祠=3月14日午前撮影、640×480拡大可能)

<参考資料> 大熊城跡
大熊城は千野氏居城と伝えられ、文献上では文明十五年(一四八三)にその名がみられる。諏訪神社上社大祝(おおほうり)側に属する山城で、当時対立していた下社大祝金刺氏との攻防の場となった。天文十一年(一五四二)、武田信玄の侵攻によって落城し、天文十七年頃破却された。城は三日月形をした自然丘陵上に主郭を築き、周囲に六ヶ所の郭(曲輪)を配置したいわゆる連郭式城郭である。主郭の南側には長さ二〇mの土塁があり、その上には千野氏の名を刻んだ石祠が建っている。
昭和四十八年に行われた発掘調査では堀・建物跡・土橋が発見され、築城の様子が明らかになった。また大熊城に隣接する城山遺跡・荒神山遺跡からは城主の居館跡とみられる建物跡も発見された。
(大熊区・諏訪市教育委員会設置の案内板から)





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040411_1339_平成16年度御柱祭・萩倉集落(下諏訪町) 040411_1334_平成16年度御柱祭・萩倉集落(下諏訪町)
040411_1356_平成16年度御柱祭・木落とし坂上部から(下諏訪町) 040411_1435_平成16年度御柱祭・春宮四の柱の曳行(下諏訪町)
平成16年度諏訪大社御柱祭(下社)

仮住まいを始めた頃は寒々としていた周囲の山々でしたが、桜前線が通過した後は一段と緑が増え、早くも初夏を感じさせる陽気となりました。新聞記事によれば、諏訪市役所では11日からクールビズが始まっており、管理人の勤務先でも普段であれば6月1日からであったものが、今年は来週の18日から実施されることになっています。「衣替え」という言葉も、昨今の気象状況を考えると、何れは前倒しで使われるようになるのかもしれません。
諏訪地域では早くも来年の御柱祭に向けた準備が進んでおり、12日には下諏訪町の東俣国有林で、諏訪大社下社春宮と秋宮(諏訪郡下諏訪町)に建てられる御柱用材(モミの木)の伐採が行われました。御柱祭をPRする3枚のポスター(諏訪地方観光連盟)も完成し、順次、観光施設や宿泊施設などに掲示されるということです。

今週のできごと
※ここでは先週の金曜日から今週木曜日まで、諏訪周辺のできごとを掲載
5月8日(金)
・住宅街を彩るフジ
 (諏訪市下金子・長野日報記事)
・ワカサギ採卵「危機的」(長野日報記事)
・花まつり(諏訪市岡村・地蔵寺)
9日(土)
・オープンキャンパス
 (諏訪市・エプソン情報科学専門学校)
・下諏訪町プレミアム付商品券販売
 (下諏訪町・総合文化センター、11日まで)
10日(日)
・J1リーグ松本山雅VSサガン鳥栖戦
・リニューアルお披露目見学ツアー
 (岡谷市・カノラホール)
11日(月)
・春の全国交通安全運動(20日まで)
12日(火)
<御柱祭>諏訪大社下社の御柱用材伐採
 (下諏訪町・東俣国有林)
・台風6号、温帯低気圧へ
・「あぶない刑事」映画ロケ
 (諏訪市・旧東洋バルヴ諏訪工場跡地)
13日(水)
・諏訪市で震度2の地震
 (岩手県を震源とする地震)
14日(木)
・八ヶ岳山麓・新鮮セロリ初出荷(茅野市)
 
来週以降のできごと
5月17日(日)
・尖石縄文考古館無料開放日(茅野市)
18日(月)
・国際博物館の日
24日(日)
・第46回高島城祭(諏訪市)
・婚活イベント「湖畔ウォーク」(下諏訪町)
30日(土)
・諏訪交響楽団第157回定期演奏会
 (岡谷市・カノラホール)
31日(日)
・女声合唱~スワ・セシリアコンサート
 (下諏訪町・下諏訪総合文化センター)
・満蒙開拓展特別上映会
 (富士見町・コミュニティプラザ)
6月21日(日)
・まつり芸能楽「信濃」(茅野市)
伊那を拠点に活躍する歌舞劇団「田楽座」の創立50周年記念公演。茅野市の市民館で午後1時30分から。料金は大人3500円、小中高1500円。

我が家のできごと
9日(土)
定例となった伯父の見舞い。
痴呆が急速に進行している状況で、看護師さんの話によれば自発的に食事を摂ることがないことから、半ば無理やり与えているとのこと。もともと好き嫌いのある性分でしたが、痴呆が進んだ結果、更にひどくなり、扱いに手を焼いているように感じられました。
10日(日)
「お尻ふき」と「おむつ」を持参して再訪。
13日(水)
4月分の入院及びその他経費の請求書が送達。


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150510_1135_とみくら山菜まつり(飯山市)

飯山市富倉の富倉活性化センター前(地図)で10日、恒例のとみくら山菜まつりが開催され、地元産の山菜を買いに訪れる人たちで賑わいました。
(写真:会場の飯山市富倉活性化センター前広場=10日午前撮影、640×480拡大可能)

<管理人ひとこと>
山菜まつりの開催は午前8時なのですが、早朝から大勢の人たちが訪れ、瞬く間に完売となったそうです。

<参考HP>
・ 信州いいやま観光局
  http://www.iiyama-ouendan.net/


平成27年度 とみくら山菜まつり
15_とみくら山菜まつり(表) 15_富倉の山菜調理ガイド
とみくら山菜まつりパンフ 富倉の山菜調理ガイド






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150505_1417_羽広観音 仲仙寺(伊那市)

伊那市西箕輪の羽広観音 仲仙寺(地図)で、4月18日から5月8日まで、御本尊である秘仏の十一面観世音菩薩の御開帳が行われました。
(写真:羽広観音 仲仙寺観音堂=5日午後撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 信州伊那路 羽広観音仲仙寺
  http://chusenji.or.jp/
・ 伊那市観光協会 
  http://inashi-kankoukyoukai.jp/

<参考資料>
まほら伊那 仲仙寺
130518_1009_1_伊那街道・山寺から伊那部宿へ(伊那市・坂下の辻)
伊那街道「坂下の辻」
(平成25年5月18日撮影)
弘仁7年(816)今から千年以上の昔、慈覚(じかく)大師は夢のお告げで京の都から信濃に下り、この山奥にて霊木を得て十一面観音像を刻みました。観音様を刻んだ木片に写経し、経塚を作って納めたところから、この山は「経ヶ岳(きょうがたけ)」と呼ばれ、その観音様をご本尊として開山したのが、このお寺の始まりと伝えられています。
開山当初は今とは別の場所にあり、寺名も藤宝寺(とうほうじ)といいました。最盛時には12の坊(僧侶の住居)を数えましたが武田信玄の兵火に焼かれ衰退しました。慶長18年(1613)領主小笠原秀政の発願でこの場所に移り「羽広山仲仙寺」と名を改め、現在にいたります。ここ仲仙寺は通称「羽広観音」と親しまれ、特に「馬の観音様」として、遠く諏訪、木曽、飯田からも広く信仰を集めました。農耕馬が家族の一員だったころ、6月の田植えが終わると馬を連れて多くの農民んがお参りに来るため、市内坂下区常圓寺(じょうえんじ)下の辻から続く「羽広道(はびろみち)」は、きれいに飾り立てられた農馬で大変ににぎわいました。
羽広道には丁石(一丁=約109mごとに立てられた道しるべ)と呼ばれる石仏が、かつてあった五十五体のうち現在も三十数体残っていると言われています。一つ一つ見つけながらここまでお参りに来るのも、また楽しいでしょう。
(案内板から)

<参考資料> はびろ道「丁石 丁観音」
150505_1416_羽広観音 仲仙寺(伊那市)
境内にある「丁観音」
はびろ道は、伊那の中心を南北に通る伊那街道坂下の辻から羽広山仲仙寺に至る五十四丁の信仰の道である。
仲仙寺は秘仏の十一面観世音菩薩を本尊とする、千二百年の歴史ある信濃観音霊場の第二十二番札所、伊那諏訪第一番礼所の古刹である。
伊那街道の起点の辻には、いくつかの道標と石仏が安置されている。そのなかに、「右ぜん可うし道(善光寺) 左はび路道」と刻まれた古い石柱と、起点を示す馬頭観音像がある。
江戸時代中期から大東亜戦争のころまで、馬が農耕と交通の主役であり、大切な一家の一員であった時代、馬の安全祈願のため人と馬が共に、仲仙寺へ参拝する信仰の道であった。一丁(約一〇九メートル)毎に道標となる観世音石仏が寄進奉納され、数多の参詣者でにぎわったという。
馬の観音様として親しまれ、千人余の人が力を合わせて奉納しら千疋馬(せんびきうま)絵馬(伊那市指定有形文化財)と呼ばれる巨大な絵馬がいくつかある。
最近、この古い歴史の道が伊那市と伊那市観光協会によって整備され、再び注目されている。
(伊那市設置の案内板から)

<参考資料> 長野県宝 木像仁王立像
密迹金剛(みつしゃこんごう)
150505_1410_羽広観音 仲仙寺(伊那市)
密迹金剛
檜材を用い寄木造り、肉身朱彩し玉眼を用い、単髯、面を斜右に向け、開口す。左手を上にし屈臂して鈷杵を握る。右手を下げ五指を延して掌を下に向ける。左足に重心をかけ、右足を斜前に出す。裳裾を膝頭から後方に翻転す。天衣は頭部後方より両腕の前にかけ腰に至り、更に両足外側に垂れ下る。頭部は耳後で前後縦矧ぎ。腕は肩・臂・手首矧付け、脚は腰下横で縦矧ぎ、足先矧付けとする。
那羅延金剛(ならえんこんごう)
材質・構造は密迹金剛に大体同じ。単髯、面をやや右に向けて閉口。左手臂を後に引き、拳を前に押出す形とし、右手臂を屈げ五指を開いて前方に向ける。右足に重心をかけ、左足を横に出し、爪先を左に向ける。
法量は像高両金剛力士共二五五cmである。
この寺の縁起に「文亀元酉年五月十三日より閏六月十八日迄に大旦那家満朝臣並に十方多力を以って執金剛神二躰を彫刻せり仏工は雲慶法印より十代七条大蔵郷康忠法眼なり同人多門(聞)治(持)国二天を修理彩色せり」とあり、作者並に造立の年紀を知ることが出来る。(文亀元年は西暦一五〇一年である。)
この像、全体の調和・均衡がとれ、堂々としていて室町時代の作品として優秀で貴重な彫刻である。
(案内板から)

<参考資料>
伊那市有形文化財彫刻指定
木像持国天 多聞天立像
本堂(観音堂)の本尊厨子の両側に安置してあり、持国天は像高一六七cm、多聞天は一五〇cmの立像である。持国天は檜材寄木造り、胡粉(こふん)地彩色、玉眼嵌入(ぎょくがんかんにゅう)。兜を冠えい、唐革甲を着け、左膝を屈し両足で邪鬼を踏む。頭部は前後を縦に矧(はぎ)付け、首柄で体部に押込む。体部は前後縦に矧付け両肩先、肘先、手首先矧付け両足先も矧付けとする。地髪をあらわす。
多聞天は、品質、構造はほとんど持国天に同じ。但し玉眼を欠失して小板でとめている。この像の作者年代等不明であるが、造立は鎌倉時代と推定される。
二天のそれぞれ首柄の部に墨書があり「藤宝寺二天之事 本堂願主金剛仏子賢宗 二王建立之時修理彩色奉所也 文亀元年辛酉壬六月吉日成就」と記されている。藤宝寺というのは仲仙寺の前の寺号である。この像において寄木法は鎌倉時代通有の手法に依っており、顔貌・形態共に鎌倉様で、写実に勝った作品である。殊に天衣の彫り強く稜もかなり高く力強い量感のある像である。但し文亀元年以後において度々修理彩色が行われ、かつての像容を損している点が惜しまれる。
(案内板から)

<参考資料>
伊那市有形文化財工芸指定
鰐口(わにぐち)
仏家で用いる青銅円形の鉦には勤行の際たたく鉦鼓(しょうこ)、僧侶が布教のとき首にかけて打ち鳴らす金鼓(こんく)等があるが、これに類した大型のものに鰐口がある。鰐口は、社殿・仏堂の軒下につるし、参拝者が布で編んだ綱を振り動かして打ち鳴らす。扁円・中空で、下方に横長い口があいている。銘「奉下野国殖野保東光寺亀峯山薬師之鰐口大旦那祐山本願 大永四年甲申八月十二日敬白作者 大田右衛門二郎宣定」
(案内板から)

<参考資料> 桜本地蔵
150505_1434_羽広観音 仲仙寺(伊那市)
桜本地蔵
江戸時代中頃からその由来が伝わる地蔵さまです。
要旨:伊那町の入船の舟問屋に、みねうるわしい生まれつき口のきけないおなみという娘がいました。娘が12歳の時、母の枕元に定期的に参拝するようにとのお告げがありました。町からお寺まで54町、翌朝から母娘連れだって1日も欠かすことなく参拝。満願の日、強風と小雪が吹き付け身が凍えるばかり。娘が「かあさん寒いよう」と母の体にしがみついた。母は「お前、今何と言った。」と娘を抱きしめ、お地蔵様の前に泣き伏した。舟問屋ではお地蔵様のお陰と感謝し、お地蔵様も寒くないようにと三河木綿の着物に厚い綿を入れて作り着せたという。
注:地蔵菩薩;釈尊の入滅後、弥勒仏の出生の間、無仏の世界に住して六道の衆生(しゅじょう)を教化(きょうげ)・救済するという菩薩。子安・六・延命地蔵などがある。(地獄・飢餓・畜生・修羅・人間・天)。
(案内板から)





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