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管理人の思いつくまま、気の向くまま、長野県内の町や村の話題を取り上げています。

090411_0946_天白公園から撮影した土石流災害に見舞わる前の周辺の様子(南木曽町)

木曽郡南木曽町読書(よみかき)の梨子(なし)沢で9日午後、台風8号に伴う大雨により大規模な土砂災害が発生し、複数の民家を押し流す被害がありました(地図)。
国道19号線は復旧しましたが、JR中央本線では橋桁が流されたことから、南木曽駅~十二兼駅間の不通が続いています(13日現在)。
長野県では9日、被害を受けた南木曽町に対して災害救助法を適用しました。

地元では、流れ下る土石流の様子を蛇に例え「じゃぬけ(蛇抜け)」と呼んでおり、ミツバツツジの群生で知られる天白公園には、昭和28年に発生した伊勢小屋沢の災害で亡くなった人たちの冥福を祈る「じゃぬけの碑」が建てられています。そこには、過去の災害の教訓を後世に伝えるため、地元に伝わる災害前の予兆を次のような言葉で刻んでいます。
  
・白い雨が降るとぬける 尾先 谷口 宮の前
・雨に風が加わると危い
・長雨後 谷の水が急に止ったらぬける
・蛇ぬけの水は黒い
・蛇ぬけの前にはきな臭い匂いがする

テレビで放送された地元の方々へのインタビューでも、今回の災害前には「雨で真っ白…」という言葉を口にされていました。災害発生時における南木曽町の1時間雨量は70ミリを超えていたとも報道されており、当時でもこの雨量(=白い雨)が災害発生の基準だったのかもしれません。
 
写真は、過去に天白公園から災害地周辺の様子を撮影したものです。写真中央の桜並木の左側が梨子沢なので、その先に密集する民家と左に見える森が全て流されてしまったのではないかと思われます。とても土砂災害が起きるようには思えない、中央アルプスを望むのどかな農村の風景がそこにはありました。
  
一刻も早い復旧と、土砂災害の対策が行われることを願っています。
(写真:天白公園から撮影した土石流災害に見舞わる前の周辺の様子=平成21年4月11日撮影、640×480拡大可能)

<参考資料> 伊勢小屋沢「じゃぬけの碑」案内
080726_1027_じゃぬけの碑(南木曽町)
じゃぬけの碑

昭和二十八年七月二十日の伊勢小屋沢「じゃぬけ」によって犠牲となった三人の霊を慰めるとともに、この災害によって得られた幾多の教訓を後世に伝え、再びこのような惨事を受けぬことを念願し多くの人々の協力を得て、東京芸術大学助教授笹村草家人先生の作になる「じゃぬけの碑」を水害十周年を記念し、現地に安置した。
なお像の礎石には「じゃぬけ」の俚言を刻み後世へのいましめとした。
(じゃぬけの碑設立委員会設置の案内板から)


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120421_1350_天白公園のミツバツツジ(南木曽町)

木曽郡南木曽町の天白公園(地図)では、22日まで恒例のなぎそミツバツツジ祭りが開催され、見ごろをむかえた6種類400株のツツジの群落を訪れる人たちで賑わいました。
南木曽町観光協会のホームページによれば、公園内のツツジはほぼ満開となり、29日頃まで楽しむことができるということです。
(写真:天白公園に咲くミツバツツジ=21日撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 南木曽町観光協会
  http://www.town.nagiso.nagano.jp/kankou/


天白公園とその周辺の様子 (4月21日)
120421_1347_天白公園のミツバツツジ(南木曽町)
天白公園に咲くミツバツツジ (640×172拡大可能)
120421_1351_天白公園から望む南木曽町内(南木曽町)
天白公園から望む南木曽町内 (640×172拡大可能)


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090411_0954_花桃と桃介橋(南木曽町)

090411_1000_花桃と桃介橋(南木曽町)
花桃
飯田市と木曽郡南木曽町を結ぶ国道256号線(通称・花桃街道)沿い(地図)では、4月中旬から5月上旬にかけて、赤やピンクの「花桃」が咲き、春の彩りを演出してくれます。南木曽町では、「木地師の里」「富貴の森温泉」「南木曽温泉」が鑑賞スポット。
写真は、木曽川に咲く花桃と、読書(よみかき)発電所建設の際に物資運搬用として架けられ、その後復元された「桃介橋」。 (写真=11日撮影)

<参考HP>
・ 昼神温泉郷
  http://www.hirugami.gr.jp/
※ 「花桃まつり」についての情報





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090411_0941_天白公園にあるミツバツツジの群落地(南木曽町)

090411_0935_天白公園にあるミツバツツジの群落地(南木曽町)
ミツバツツジ
木曽郡南木曽町の天白公園で、恒例の「なぎそミツバツツジ祭り」が5日から始まり、群落地(地図)では赤紫色のミツバツツジが公園を覆っています。
今年は暖冬だったことから例年よりも開花が早く、日程を繰り上げての開催となりました。  (写真=11日撮影、640×480拡大可能)

<参考HP>
・ 南木曽町観光協会
  http://www.nagiso-town.ne.jp/

<参考資料> 天白公園のつつじ群落
ミツバツツジは、関東・中部・東海・近畿地方に分布する落葉庭木で、南木曽全域の山地・低地の岩間などに自生して春先早く花が咲き、町民の身近な花として親しまれている。
長野県蘇南高等学校の校章にもデザインされており、昭和50年には、町の「天然記念物(文化財)」に指定され、平成2年には「町の花」として指定された。
枝先に輪生する三枚の葉が特徴での一つで、紅紫色の花をつける雄しべの本数・葉・子房・花柱の腺毛ばどにより分類され、(ミツバツツジ・トウゴクミツバツツジ・ダイセンミツバツツジ・コバノミツバツツジ・ナギソミツバツツジ・キソミツバツツジ)の六種類がある。
ナギソミツバツツジは、この地で発見されたものであり、これだけの多種類が群落を成している所は県下でも珍しく、その他のツツジ類(ホツツジ・ヤマツツジ・レンゲツツジ・バイカツツジ・ウスギヨウラク)も混生している。 (以下略、南木曽町教育委員会設置の案内版から)





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090411_0902_真宗大谷派長延寺のサクラ(南木曽町)

写真は、下伊那郡阿智村から木曽郡南木曽町に向かう途中の国道256号線沿いにある真宗大谷派・長延寺(地図)のサクラの様子です。 (写真=11日午前9時撮影)


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080726_1059_読書発電所施設・柿其水路橋(南木曽町)

木曽郡南木曽町柿其にある柿其(かきそれ)水路橋は、大桑村の木曽川に建設された読書ダムから取水された発電用の水を下流の読書発電所に流す導水路の一部です。鉄筋コンクリート造りで、延長142.4メートル、幅6.8m、高さは5.5mあります。大正期の優れた土木技術が評価され、平成6年、国の重要文化財に指定されました。
(写真=26日撮影)

<参考資料> 重要文化財 読書発電所施設
読書(よみかき)発電所施設は、大正十年から同十二年にかけて、大同電力(現在の関西電力)によっ当時我国最大出力の水路式発電所施設として建設された。大同電力社長福沢桃介が、「一河川一会社主義」を主張して、木曽川の水力発電開発に情熱を注ぎ、大正年間に相次いで建設した発電施設のひとつであり、関西を中心とする各地の電力供給に重要な役割を果たした。読書発電所施設は、当時の高い技術的水準を示しているとともに、木曽谷の自然と調和しており、大正期の水路式発電所施設を代表する近代化遺産として、次の施設が、国の重要文化財(建造物)に一括して指定された。

 ・ 読書発電所 (本館、水槽、水圧て鉄管、附・紀功碑) 関西電力所有
 ・ 柿其水路橋 (導水路の一部) 関西電力所有
 ・ 桃介橋 (発電所建設資材運搬用木製吊橋 以下略) 南木曽町所有


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080726_1052_中山道三留野宿本陣跡(南木曽町)

馬籠(岐阜県中津川市)・妻籠(長野県木曽郡南木曽町)と中山道を北上すると、やがてたどりつくのが三留野(みどの)宿。明治15年(1881年)の大火で多くの建物が焼失したため、現在は、僅かに当時の町並みが見られる程度です。
本陣跡地に建物はなく、明治天皇が巡幸された際に泊まられたという行在所記念碑が建てられているのみ。道が狭いわりに車の往来が多く、また駐車場もないため、慌てて撮影した1枚です。 (写真=26日撮影)

<マピオン地図>
・ 木曽郡南木曽町読書 ( 1 / 8000 )

<参考資料> 三留野宿本陣跡
この長野地方法務局南木曽出張所跡地は、三留野宿本陣があったところである。本陣の建物は、明治十四年七月十日の三留野宿の大火災の際焼失してしまった。ちなみにこの時の被害は、家屋七十四軒、土蔵八軒に達した。
しかし庭木の枝垂梅(町の天然記念物)と明治天皇御膳水が本陣の名残りを留めている。明治天皇は、大火の前年の十三年六月二十七日に一泊されている。御膳水の井戸は昭和五四年に復原したものである。 (案内板から)

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080726_1035_桃介亭(南木曽町)

桃介橋近くに電力王・福沢桃介が利用していた別荘が残されており、発電所建設にかかわる資料や、桃介と川上貞奴の遺品などが展示されています。今年4月には、記念館隣接地に飲食ができる「桃介亭」がオープンしました。
(写真:桃介亭=26日撮影)

福沢桃介記念館 木曽郡南木曽町読書 2941-5
TEL 0264-57-4166


<参考資料> 福沢桃介記念館
『一河川一会社主義』を掲げて木曽川の電源開発に乗り出した電力王福沢桃介は、木曽での基地として風光明媚なこの地に大正八年別荘を建て、ここから同時進行で進められている読書や大井などの発電所建設現場に足を運びました。その桃介を扶けよきパートナーとなったのが、わが国女優第一号の川上貞奴(かわかみさだやっこ)でした。二人は、大井発電所が完成する大正十三年まで頻繁にこの別荘に滞在し、政財界の実力者や外国人技師を招いては、はなやかな宴を催したということです。山深い木曽の地にあって、ここだけは西洋の香りが漂う異国だったのです。別荘は大同電力(現関西電力)が社宅として所有してきましたが、その後読書村(現南木曽町)に譲渡され、教員宿舎などに利用されました。
この建物は、昭和二十八年七月二十日の伊勢小屋沢蛇抜(じゃぬ)け災害ではかろうじて難を免れましたが、三十五年四月六日の火災では二階部分を焼失していしまいました。平屋のまま昭和六十年から一般公開しましたが、平成九年度事業において当初の姿を復原し、館内には桃介や貞奴の遺品をはじめ、発電所建設や桃介橋架橋の資料などを整備展示いたしました。 (南木曽町設置の案内板から)


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080726_1032_森林鉄道(南木曽町)

南木曽町は林業で栄えた町でもありました。
今でもJR南木曽駅周辺に、材木を積み上げた貯木場が設けられています。
写真は、福沢桃介記念館と山の歴史館との間に保管展示されている当時の機関車。
JR南木曽駅か桃介橋のたもとから、読書発電所を結ぶ林鉄があれば、観光の目玉にもなるかもしれませんね。
(写真=26日撮影)

<参考資料> 森林鉄道の歴史
この機関車は、南木曽町の国有林で運転されていたものです。
南木曽町の森林鉄道の歴史は、蘭線・与川線・田立線の3主路線(延長33.7㎞)があり、支線は、田立線・長者畑線・柿其線・下山沢線の4路線(延長36.0㎞)がありました(総延長69.7㎞)。
昭和2年から昭和42年までの間、40年間にわたり運行され、木材を運ぶだけでなく、「林鉄」の愛称で親しまれ、山で暮らす人々の生活物資を運んだり、沿線に住む人達の足として利用され地域山村の生活に密着していました。時代の流れとともに、木材の運搬はトラックに変わり生活も変化してきました。
時代の移り変わりをしのび、生きた歴史の資料として、展示しているものです。
(南木曽町 山の歴史館案内板から)


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080726_1015_2_桃介橋(南木曽町)

写真は、木曽郡南木曽町の木曽川に架かる桃介橋です。
この橋は、読書発電所を建設する際に、大同電力(現在の関西電力)社長であった福沢桃介が建設資材を運ぶために木曽川に架けたもの。橋長は247m、幅員は2.7m。3基の主塔に8本の主索、204本の主索ハンガーを備えた吊り橋で、当時の土木技術の粋を集めた貴重な遺産として、平成8年、国の重要文化財に指定されました。
近くには、木曽川の電源開発に尽力した電力王・福沢桃介の記念館があります。
(写真・天白公園から=26日撮影)

080726_1017_桃介橋(南木曽町)

080726_1043_桃介橋(南木曽町)


 <参考資料> 桃介橋
桃介橋は、別名桃の橋と呼ばれ、大同電力(注:現在の関西電力)社長福沢桃介が、読書(注:よみかき)発電所の建設のため架けた長大な木製補剛桁吊橋で、大正11年に完成した。昭和25年村(注:当時は読書村)に寄付され村道(現町道)となった。昭和53年頃から、老朽化のため通行止めとしていたが、周辺一帯の公園整備(注:平成2年)に併せて、近代化遺産(幕末から戦前にかけて日本の近代化に大きな役割を担った産業遺産、この橋の場合は水力発電開発用資材運搬路であった)として復元したものである。
桃介橋の特徴は、周囲の景観にマッチした雄大なその姿と、この種の吊橋としてはめずらしく橋塔・橋脚3基を有し、しかもデザインも大変すぐれていることである。又、斜吊索がとりつけられてることや、中央部から川へ降りられるようになっていることも特徴である。
橋には、当時トロッコのレールが布設されていた。
(山の歴史館にある案内板から)


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