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長野市若里のホクト文化ホールで24日、下伊那郡大鹿村に伝わる地芝居・大鹿歌舞伎の長野公演が行われました。
大鹿歌舞伎が長野で公演するのは今回で10回目。記念となる節目の公演では、「奥州安達原三段目 袖萩祭文の段」が演じられ、役者が見得を切る場面では、その迫力ある演技に、観客席から盛んな拍手が送られていました。 (写真:「奥州安達原三段目 袖萩祭文の段」から=24日撮影)
<参考資料> 奥州安達原三段目 袖萩祭文の段
舞台は、前九年の役で奥州の安倍頼時を討ち滅ぼした八幡太郎義家に、安倍一族の再挙を計る安倍貞任・宗任兄弟が謀反を計画。環の宮御殿(たまきのみやごてん)から環宮が誘拐され、宮の守役である平傔丈直方(たいらのけんじょうなおかた)がその責任をとらなければならない場面から始まります。
主人公の袖萩はこの平傔丈直方の娘でしたが、親の許さない浪人との恋に感動され、流浪を続けているうちに盲目の乞食となってしまいます。しかし、父の平傔丈直方が環宮を見つけ出せなかった場合には切腹という事態に、娘のお君を連れて、雪の降るなか駆けつけます。ところが、父の平傔丈直方は会うこともせず奥に引きこもろうとする。間に入った母の浜夕は、哀れな娘の姿にどうすることもできず、ただ悲しみに明け暮れるばかり…。
やがて、袖萩は祭文の文句に託してわが子お君を対面させ、父の許しを得ようとしますが、その祭文に記された文字から袖萩の夫が安倍貞任であり、環宮を誘拐した犯人と同じ筆跡であることを知ります。許したくてもこのような事態に、さすがの平傔丈直方も許すことができず、とうとう奥へと引きこもってしまいます。
降りしきる雪の中で、館の前で途方に暮れる袖萩と娘のお君。お君は、寒さに震える母の袖萩へ、自らの着物を脱ぎ肩へそっと着物を掛け、また袖萩の母浜夕は、あまりの不憫さにたまりかね、寒さしのぎに着物を与える。娘が母を、母が娘を思うこの場面は、この公演のなかの見せ場となっており、とりわけ今回、お君が語る場面では、会場に詰め掛けた観客も思わず涙を拭う名演技となりました。
やがて、これまで捕らわれの身となっていた安倍宗任が隙を見て縄を外し、雪の中で寒さに震える母娘のもとに現われる場面へ。宗任は懐刀を袖萩に渡し、一族の仇である傔丈直方を殺せと迫る。夫の弟に責められる袖萩、例え安倍一族に身をおいた自分でも父である傔丈直方を殺すことなど…と悩む袖萩。そこへ、八幡太郎義家が登場し、宗任の非業を叱責するものの、宗任の力量を惜しみ、咎めることなく、全国各地の関所で使うことができる通行証の金札まで与えて命を助けます。
やがて、環宮を見つけ出せなかった平傔丈直方は、責任を取り切腹。袖萩も、自らの身を恥じて懐刀で自害し、父の死を追いかけます。
袖萩の死から舞台は終盤に向けて急展開。桂中納言教氏と偽って御殿に来ていた貞任が登場し、証拠の祭文(書状)を奪い去ろうとしますが、八幡太郎義家が現われ、中納言教氏が安倍貞任であることを暴きます。さらに弟の宗任も現れ、共に勝負を迫りますが、義家は勝負は後日戦場にて、と再開を約し別れを告げます。
<管理人ひとこと>
大鹿歌舞伎の公演で、最後に行われるのが YouTube に公開した「お手うち」。「しゃん、しゃん、しゃん、しゃしゃしゃん、しゃん」を3回、役者さんと観客が公演を締めます。お出かけになる方は、ぜひ練習しておいてくださいね。
大鹿歌舞伎長野公演 最後に行われる「お手うち」 |
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